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紅葉がきれい、行徳家住宅

焼酎閻魔で知られる、老松酒造の関西営業を担当することになった時に、
専務様からフェイスブックの立ち上げの相談を受け、主に画像の
コンテンツ集めを自らかって出た。
夏に一度、秋に一度と格安のLCCを利用して日田に里帰りした。

日田は、大分県にあるものの西の果てで大分よりも福岡や熊本、
佐賀に近い。方言も別府育ちのリンデンでも知らない言葉がいくつもある。
飛行機も大分でなく、福岡空港を利用し、空港バスで日田へ入るのが
一般的なルートになっている。

幸いにして実家は花月のブランドを持つ塩谷製菓で菓子の製造と卸を営んでおり、
会社の車を借りて日田市をくまなく回った。

18年間日田市に生まれ育ったが行動範囲は限られ、祇園祭を見たのも初めてだったし、
市町村合併で日田市に編入した津江方面を走ったのも初めての経験だった。

秋に紅葉を撮影したいとネットで調べると、中津の耶馬渓やいいちこの日田工場の
紅葉池など数件の候補に挙がった、その中の一つが夜明けの行徳家住宅だった。
紅葉の真っ盛りで日差しもよく満足のいく写真を撮る事ができた。

行徳家0145

時間が限られていたので住宅の中には入らなかったが、もう一度秋の紅葉、
春の青嵐の頃に訪れたい趣のある佇まいでいい感じだ。

一般公開しているので日田訪問の際は足を伸ばして欲しいと思う。
この夜明けを大鶴の方面へ進むと川沿いに閻魔の銘酒を生み続ける老松の
蔵がある。この地に創業して二百有余年続くというから老舗中の老舗だ。
売店もあり、ちょっと試飲してほろ酔い気分で土産を物色するというのも
飲み手には嬉しい限りだ。

国重要文化財指定 「行徳家住宅」のご紹介
日田市夜明関町3256

行徳家は、初代元高亮(げんりょう)が大阪で眼科医を開業していたが、文政七年(1824年)に
現在の地に移り住み五代目素雄(もとお)が昭和14年に熊本に転居するまで偉業を続けました。
この住宅は、天保13年(1842年)二代目元遂(げんすい)が建てたもので、大分県西部に分布する
曲屋(まがりや)形式の家屋様式です。
建物は、寄せ棟作り、茅葺き一部二階建て、平面積は約65坪で、南正面に式台付き玄関を持っています。
建築用材はよく吟味され、柱、鴨居、長押などは面皮付き材木を使用しています。

宅地面積は約450坪で西側に山を取り入れた庭園を擁しています。
この住宅は、平成元年から国、県、市の補助事業として約1億二千万円をかけて解体修復工事を行い
平成3年6月に完成した。

日田市観光協会の紹介ページへのリンク
http://www.oidehita.com/319.html
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日田中津江の清流

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大分の一村一品運動の発祥となった大山町梅林を南に進むと
棚田や杉林などの山々が延々と続いていく。

フッとみつけた渓流に足を止めた。
8年前に市町村合併で日田に編入した、前津江、中津江、
上津江は旧日田郡。

きれいな水を利用してわさび等が栽培されている。
いくつかのダム湖を水は流れ三隈川に注いでいく。
天領日田が、水郷の町といわれる所以でもある。

林業の町「ひた」

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小鹿田焼の里、皿山に行く道沿いに日田杉を山積みしている木工所を見た。
すいかの産地として知られる山田原から老松がある大鶴に抜ける
道沿いにも同じように積んでいます。
日田は盆地で四方が山に囲まれています。
日田杉は九州三大美林の一つといわれており、全国でも 
珍しい林業名がついた日田林工高校が甲子園で活躍して
一躍林業の町として全国に知られるようになりました。
整然と並ぶ杉の稜線は見ていても気持ちがいいものです。
ただ関西の方じゃ、ひだ(=飛騨)と濁って発音する人も多く
そのつど、「ひ・た」とお伝えしております。

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三隈川 鮎のやな場

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水郷日田の夏の風物詩、三隈川の鮎のやな場
川の一部に木や竹でスノコ状の仕掛けを作り、
泳いできた鮎を取る漁法。

子供たちも興味津々。
家族で出かけませんか?
期間は7月の末から10月の末頃まで。

炭火で焼き上げた熱々の鮎の塩焼きをやな場で食べる醍醐味、
山水や麦焼酎の閻魔が進むこと間違いなし。

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名物 下駄ざる蕎麦

大分の一村一品運動の発祥となった大山町にひびきの郷という
人気のスポットがあります。梅酒などのリキュール工場、
体験工房や研修室、あさもやという宿、それにスーパー銭湯のなごり湯など。
風呂上りにいただくメニューに蕎麦工房せせらぎのざるそばがあります。
本格手打ちの二八そば、ユニークなのは特産の日田杉の下駄に乗って出てくること。
しこしこした歯ごたえもいいが演出もいい。

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