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鹿の道路標識は同じだった。

イタリア旅行から帰ってきて整理がついたところで
久しぶりに青山高原に行くことになった。

五月のGWに息子たちがくるので布団やらの準備のために。
孫太郎ファミリーは春と夏にきているが、弟夫婦は結婚して初めての訪問だ。
息子は青山高原のヴィラを買った最初の清掃の時に妻と来て一泊している。

その後松を伐採しフェンスを張り巡らせ、石窯を作り、ブルーベリーを植えたので
その変容ぶりにきっと驚くだろう。
1日目はバーベキューを、2日目は石窯で焼くピザを振る舞うとリンデンが張り切っている。
孫も加えると総勢八名が泊まることになる。

いつもはウッドデッキでバーベキューをするが、今回は始めて
東屋の前でしようとリンデンが言ってきた。
イスに腰かけながら自分で焼くスタイルにしようという。
コンロは煉瓦を積んだ上に乗せれば使える。
イスは1人用が2脚、2人がけのベンチ式が2脚なので大人6人はとり囲めそうだ。

東屋の近くにはしだれ桜が2本植えてある。
栄養不足で育ちは悪いがイタリアに行っている間にすっかり
葉桜になっているがたくさんの花をつけており風情がある。
花見を兼ねたバーベキューが出来るのできっと気分も爽快だろう。
東屋は木材置き場と化しているので整理してお茶が飲めるようにしようと思っている。

GWの段取りを決めブルーベリーの様子を見にいくとたくさんの花をつけて
順調に育っている。ただところどころ折れた枝をみつけた。
足元をみると鹿が歩いた足跡がマルチに残っている。

北側のフェンスは高くしたので入れない。どうやら足跡をたどると
松の横板と横板の隙間からくぐり抜けて入って来たようだ。
奈良公園で鉄の囲いをくぐり抜けた鹿の行動が頭をよぎる。
横板を下げて間隔を狭める手もあるがそれで万全になる確証は持てない。
動物除けのネットをホームセンターで下見していたので、
幅50メートル、高さ2メートルのネットを買いに行くことに決めた。
翌日ホームセンターでネットを買った帰りにヴィッラ近くまで戻ると
二頭の鹿に出会った。この二頭が我が家に忍び込んだに違いないと思った。
というのも二頭とも小さくこの小鹿だったら狭い隙間も難なく入ってくるに
違いないと思った。前回は北側の庭から侵入され今回は南側の柵の間からと
油断がならない。まだまだ鹿との知恵比べが続くかも知れない。

鹿といえばイタリアでも見た。ワイナリー、シルヴィオナルディから
モンタルチーノの街へ移動する時に車の前を横切って行った。
ガイドのレオナルドがぶつかっていたら持って帰って調理できたのに
真剣に残念がっていたのには驚いた。
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道路に鹿注意のイラスト入りの標識が立っている。カーサパルミラの
近くにも同じ標識があった。日本は黄色い下地に黒の鹿のイラスト、
イタリアは白地に黒の鹿のイラストだが周囲を赤で囲ってある。
色こそ違うが鹿のイラストは飛び跳ねる躍動的な絵でよく似ている。
どちらか真似たのか万国共通なのか興味深い。
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写真が取り出せない事態にパニクる。

  • Day:2013.04.28 20:00
  • Cat:旅行
イタリアから戻って写真の整理を始めた。
1枚のメディアに700枚、もう1枚には200枚収まっていた。
ところがパソコンが2枚目のメディアを読み込まない。
長く使ってなかっていたメディアなのでダメなのかと落胆する。

最終日に近いモンタルチーノやオルチャ渓谷の写真が入っているので
冗談じゃないぞと何回かやってみるが結果は同じ。

ニコンの取り込みソフトは諦め動画取り込みでやると
写真は半調で見えているのに途中で固まってしまう。

アドべの画像取り込みソフトでつないだら取り込み始めた。
原因は不明だが過去に取り込めなかったままの画像が邪魔していたようだ。

これにリンデンのデジカメを加えておよそ千枚の写真が揃った。
平均して一日100枚。
ほとんど写真小僧の世界だ。

全部を見るのは退屈極まりないので出来栄えの良い写真100点を
時系列につなぎ5分ほどのスライドショーにした。

imacの自動設定スライドショーだと簡単にできるが、ランダムに
再生するので口頭での補足説明がしにくい。

初日の料理教室やフィレンチェのB&Bでのディナー、カーサパルミラの
ガーデニングやアッスンタの手料理、パラディジーノの庭とオリーブとぶどう畑、
それに格式あるダイニングと古いジノリの食器、モンタルチーノの風景や
ワイナリーの見学の写真、そして最後に撮ったミケランジェロ広場からの
ドオーモの写真などを選んだ。
幸い天候にも恵まれ綺麗な写真が撮れている。

見た人を幸せにし自分もいつかトスカーナに行きたいと思ってもらえるものにしたい。
まずは土産話の代わりに子供たちファミリーに見てもらうことにしよう。
そして料理教室の生徒さんたちにも。

動画はまだ手付かずだが孫二朗がイタリアから帰った次の日に遊びにきた。
ペンギンのように手を腰の後ろに振りながら歩く可愛いしぐさを
動画に収めるために急ぎパソコンへ取り込んだ。
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ディスクいっぱいの180分撮影している。

料理教室とワイナリーの見学がその主な内容。
動画編集は動画とイタリア語を中心につなぎ文字スーパーの日本語で
内容を伝える形式にしようと思っている。

奥村千穂のトスカーナの田舎暮らしでの料理教室、
カーサパルミラ、アッスンタの手料理、シルヴィオ・ナルディでの
ワイナリーの見学の三本を予定している。

編集完成までには少し時間がかかりそうだ。

重量オーバーはワインの所為?

  • Day:2013.04.26 15:00
  • Cat:旅行
フィレンチェからフランクフルトへ移動する時にハプニングが起こった。
大事なブルネッロのワインが割れないように厳重に梱包し、恐る恐る
チェクインカウンターに預けると案の定重量オーバーで三キロ減らし
手荷物にするようにと言われた。

恥ずかしいが隅の方に移動しスーツケースを全開、濃縮のトマトペーストや
カメラの充電器などを手荷物に移した。
二回目の計量で最初25キロあったものが23キロまでに減り「OKパーフェクト」の
声をもらった。

同じように重量オーバーで荷物を減らすように言われた女性がそばで泣いている。
彼女のそばには大きなバックが四個近くキャリーに積まれている。
どう考えたって受けてもらえる量ではない。
係員も泣かれて困っているがどうしようもない。
彼女は泣きながら衣類などを捨てていた。
それに比べればまだましだがとんだハプニングにあった。

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シルヴィオ・ナルディーで送りは無理だと言われた時に本数を減らせば
良かったがつい欲が出て大人買いした。
マグナムの木箱入りも一本追加した。
おもけにオリーブオイルやグラッパ、ヴァンサンテも。
これらが重たかった。
スーツケースの中はワインとオリーブオイルで一杯だ。

スーツケースの重量は23キロと限られている。
オーバーした分はお金を支払えばいけるとガイドに聞いていたので、
まあ何とかなるだろうと思っていたが、まさか荷物を減らせといわれるとは
思わなかった。
これもまた苦い体験ながらいい土産話になると思う。

水もワインもピンキリ

  • Day:2013.04.26 13:00
  • Cat:旅行
液体の機内への持ち込みが禁止されているということを
すっかり忘れていて成田では飲みさしの水と大切なワンカップの
日本酒を没収されてしまった。
フランクフルトでの待ち時間に喉が乾いたので、水を買おうと
ワゴン販売のショップを除くと3ユーロと書いてある。
コーラも同じ3ユーロ。
日本では100円で変えるミネラルウォーターが400円近くする。
いくら空港だからっていってもぼったくりもいいところだ。
ここは我慢の子で次のフライトでドリンクがくるまで待つことにした。
フィレンチェのホテルには珍しく飲料の自動販売機が置いてあった。
ここは70セントなので100円ほどと良心的だ。
街歩きをしてる時も水は手放せない。
日本とは違って水道の水は飲めないからだ。
駅前にあるスーパーに入ってミネラルウォーターをチェックすると
20セントと表示している。30円もしない。一物三価。
なぜこうも価格が違うのか不思議でならない。
水だけで10倍も開きがあることに驚いた。

イタリア旅行で最初にワインを買ったのはフィレンチェ駅近くジェラート屋さんで
トスカーナのワインが7ユーロ、千円弱だ。
味は酸味のキレが悪く今ひとつだった。

B&Bのディナーでボトルワインが一本出されたが半分ほど残った。
持ち帰っていいかと英語で聞くともちろんと言ってくれた。
持ち帰りは日本では takeout というが正しくは takeaway のようだ。
街のお店の看板にもそう書いてある。
このワインは表示には15ユーロと書いてあったがそこで飲むからの価格であって
最初買ったワインと味は大差なかった。
カーサパルミラでは昼も夜もワインを無料で勧めてくれたので持ち帰った
ワインで2日間がしのげた。
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三本目はセストフィオレンチーノのデリショップで買った。
迷った挙句にキャンティクラシック地区のワイン、14ユーロを買った。
ラベルが粋でパラディジーノの庭で撮影するのにいいと思った。
酸味のバランスも良くやや重の自分好みのワイン。
セレーナが大きめの赤ワイン用のグラスを用意してくれたので美味しく飲めた。

パラディジーノはサンジョベーゼのぶどうを栽培しワインも醸造している。
よかったらワインも土産にどうと薦められたがブルネロをモンタルチーノまで
買いにいくといったので謙遜気味に「普通のワインよ」と言っていた。
値段は16ユーロだそうだ。
宿泊の最終日の夜のディナーでそのワインが出された。
ライトな味わいの中に華やかな香りがただよう。
今まであまり飲んだことがないタイプだ。ただ残念なことにその甘さが気になる。

最後に登場したのがモンタルチーノのブルネッロ。
シルヴィオナルディでの試飲は価格の安いものから順に高い方へと4種類のワインが提供された。
私のお目当ては2種類のブルネッロの中でも高い方のマラキアーラ。
単一の畑で栽培したサンジョベーゼだけを使って醸造したもので毎年1万本だけの限定品。
現地での価格は5000円ほど。日本では1万円強で販売されている。
2007年が最新のビンテージでこの春に発売されたばかりだという。
確かにまだ若さが残っている。でも買うとすればこれしかない。
マグナム箱入りも併せて持ち帰ることにした。
その後モンタルチーノの城壁の街で昼食を取ることになっていた。
そこのレストランで出されたワインのメニューを見て驚く。
ブルネッロだけで100本ほどのリストが並んでいる。しかも一本100ユーロが中心の価格。
最高はサンティの年代物で一本が何と5万円と書かれている。
ワインメニューを眺めながらグラスワインを注文した、価格は4ユーロの。

持ち帰ったブルネッロは枯れた色になるまで待ってイタリア旅行を懐かしみたい。
17年後の喜寿に最後の一本を飲むことにしよう。
長生きする目標が一つできた。

フィレンチェで暮す日本の女性達

  • Day:2013.04.26 12:00
  • Cat:旅行
フィレンチェでは現地で暮らす女性達に大変お世話になった。

最初に空港で待ってくれていたのはチケットを購入した旅行代理店HISの
フィレンチェ支店から派遣された方で、出身は群馬県の畑で取れたと
冗談で言っていた。
空港からホテルまでの送迎とホテル内の設備やフィレンチェの
お薦めな店などを教えてくれた。
最初彼女は親とは一年間の約束でフィレンチェへきたがずるずると
長くなってもう11年になるという。

次の日にお会いしたのがカーサミーアの名前でフィレンチェで
旅行代理店を運営している奥村千穂さん。
イタリア語の通訳の仕事をしていた関係でイタリア生まれのご主人と
結婚してフィレンチェ山間の家に移り住んだ。
小学生の娘さんとの三人ぐらし。
東京出身だがご両親は福岡というので同じ九州の話題でもりあがった。
体は小柄だが並々ならぬ精神の持ち主で自給自足に近い田舎暮らしをしながら、
長期滞在型のアパートやB&Bの予約を主に日本人を対象に受けている。
きっかけは度々フィレンチェにくる母親を案内している内に
これは仕事になるかもしれないと思ったからだという。

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フィレンチェの中央市場では食いしん坊工房という名前の店で
二人の日本人女性が働いていた。
チーズやオリーブオイルを試食させながら販売している。
商品を知りたくてもイタリア語だと障壁があるのでつい日本人だと
すり寄って聞きたくなる。
最初は缶入りのオリーブオイルを買うつもりだったが、チーズなども
薦められてまとめ買いをしてしまった。
薦め方がじょうずだ。
聞けば彼女もフィレンチェでの生活が10年になるという。

最後にお会いしたのが和歌山は白浜出身の杉谷さん。
彼女も語学の勉強でピサにきている間にご主人と出会い、
ピサ近くのアパートに暮らすことになった。
二人の男の子の母親でもある。
子供の名前はムサシとサスケとつけたというので驚きだ。
フィレンチェは道は左側通行で日本とは逆、しかも要所要所に
ロータリーがあるので運転は難しい。
イタリア語の通訳は彼女もできるが運転となるとご主人が欠かせない。
ご夫婦で車の移動が必要なツアーを受けている。
ご主人はイタリア語だけでなく英語、フランス語も話せるという。
ワインの醸造元に勤めた経験から主にキャンティやモンタルチーノなど
トスカーナの代表的なワイナリーのツアーにたけている。
彼らしく日本の規制で個人では酒税法上ワインの醸造が禁止されている
というと怒っていた。
イタリア人にパスタを食べてはいけないというのと同じで考えられないという。

彼女たちがトスカーナに惹かれる魅力を聞き理解を深めた。
3年前は通り一変の団体ツアーだったが彼女たちを媒体として
現地の人たちと触れ合えたのでより一層充実した大満足の旅行となった。

今一番欲しいのはオリーブの木

  • Day:2013.04.26 10:00
  • Cat:旅行
山間のアグリでは桜は一部葉桜になりかけていた。
セストフィオレンチーノの町では藤の花が満開で綺麗だ。
パラディジーノでは紫陽花が咲き椿の花や小手毬も満開だ。
洋風のイメージが強かったのでバラなど西洋のガーデニングかと思いきや
かなり和のイメージが強い。

何軒か街の花屋さんの店頭を覗くが日本でも見慣れた花が多いというか
日本とほとんど変わらない。
日本で滅多に見かけないのはアーティチョーク、それに糸杉、
ぶどう畑とオリーブの畑ぐらいか。

早速日本へ戻ってから苗木を探すことにした。
今一番欲しいのはオリーブの木だ。

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大和高田の自宅に背丈くらいのオリーブの木が一本ある。
実をつけないというとイタリアのガイドの杉谷さんが
ブルーベリーと一緒でペアでないと受粉しないと教えてくれた。
元来地中海沿いの温暖な地域がオリーブの産地なので
青山高原のような標高600メートルの寒いところで育つか心配だが
イタリアでもそれくらいの高さで育っている地域はあるので
耐寒性のある品種を探せば大丈夫だろうというのが彼女の見解だ。
日本のホームセンターでは貧相なオリーブの木が2本あるだけで
買う気にはなれない。
もう少し探してみることにした。

イタリアのカーサパルミラではアーモンドが自宅で収穫できるというし、
パラディジーノでは庭で取れた胡桃を割って食べさせてくれた。
トスカーナの風景に溶け込んだ糸杉も魅力だ。
聞けば糸杉を日本でも育てた人がいるという。
案外育ちそうなので一度ネットで調べて見ることにしよう。

フィレンチェのぶらり街歩き

  • Day:2013.04.26 09:00
  • Cat:旅行
日本へのフライトの前日もフィレンチェの街歩きをした。
3日目に時間がなくて行けなかったミケランジェロ広場へ行くことにした。
中央駅でスーツケースなど預けヴェッキオ橋を目指して歩き始める。
昨日のガイドの「イタリアでは歩いて30分はまだ近い方ですよ」という言葉が思い出される。

セストフィオレンチーノを慌てて出てきたので朝ごはんをまだ食べていない。
ガイドブックお薦めの「イノ」でパニーニを食べようと店までいくが
開店準備中なので近くを見てまわることにした。

ウイッツイ美術館にはすでにたくさんの人の行列ができていた。
美術館の前では全身白づくめであたかも像のように瞬きもせず
じっと立っているパフォーマーを見つけた。
そういえばピサでは金色の人物が椅子もないのに腰掛けていたなあ。
女の子がパパからコインを貰い足元の帽子に置くと
手に持った聖書の間から名刺サイズの紙切れを一枚取り出し女の子にあげていた。
基本動かないパフォーマーだがこの時はスロモーションで動くので見ていて大変おもしろい。

開店時間になったのでイノに入る。
ガイドブックに載っていたボローニャのハムをはさむパニーニを頼んだ。
パンが半端なく硬い。ボリボリと苦労しながら食べる。

テーブルはワインの樽を利用している。
樽が足部分にあたりその上にガラスを丸く切り抜いておいてある。
ガラスが滑り落ちないようにと中央を金具でしっかりと留めている。
バールなどでも時々見る手法だ。
立って飲む時はちょうどいい高さだが座る時は足の短い日本人は
椅子もよいしょと腰掛けないと届かないほど高くなってしまう。
他のお店のフォカッチャの相場は3から4ユーロ、からするとイノはその倍の価格がする。
一度は食べて見たいと無理したが千円近い価値観は感じない。

対岸にあるミケランジェロ広場へ向う。
高台にあるので途中坂道を登り最後は階段が待ち受ける。
リンデンは息切れしてしんどそうだ。
家事でこまめに動くがこういった散歩は普段していないのでこたえるようだ。
私は退職後図書館迄毎日3時間歩いていたので余裕だ。
広場からの眺望は素晴らしくドーモや鐘楼などフィレンチェの街が一望できる。
夕景が絵葉書になっているのもここから撮影したものだ。

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街に戻ってドーモの横にあるジョットの鐘楼に登ることにした。
どうしてもここからドーモの写真をとっておきたかった。
デジカメの最後の一枚をミケランジェロ広場で使ってしまったので
リンデンのデジカメを借りてのぼった。

途中までは人がすれ違える120cm近い幅の階段も、上に行くほど狭くなり
上層部は降りる人を待って交わさないといけないほど狭くなる。
足ほっそり背丈の高い美人も多く見かける。
待っているとグラッチェと言っておりて行く。

最上階からの眺めは素晴らしい。
ドーモに登っている人がまだ高い位置にいる。
動画も撮影し満足のうちに降りてきた。
今回カメラのメモリカードは2枚用意した。
合計したら約700枚とれる。足りると読んだのが甘かった。
最終日の撮影分50枚程がたりなかったようだ。
何事も余裕を持ってというのが持論だが反省される。

動画も料理教室とワイナリーとの見学とで中心に3時間近くとっている。
帰ってからの編集が楽しみだ。

カーサパルミラ、アッスンタお母さんの手料理。
フィレンチェの田舎暮らしとアントネッロのトスカーナ料理。
そしてオルチャ渓谷とモンタルチーノのワイナリー見学。
この3本になるだろう。
音声がイタリア語で入るのでオシャレ感たっぷり、字幕で説明を加えることにしよう。
そして青山高原に来た人に見てもらう事にしよう。


オルチャ渓谷とピエンツア

  • Day:2013.04.25 23:00
  • Cat:旅行
モンタルチーノは中世の頃要塞だった街だ。
今も見張りのための塔が残っており登れるようになっている。
周辺は麦やぶどう、オリーブの畑が広がり小高い丘の上に民家や城が立っている。
昼食はモンタルチーノの IL GRAPPOLO BLU を予約してくれていた。
ここは自家製のピチとう名前のパスタが名物だそうだ。
うどんに似た太い麺にトマトソースとニンニクがきいている。
もう一つが牛ほほ肉の赤ワイン煮込み。長時間混んでいるので味付けは濃い。
トスカーナでよく出る味けのないパンと一緒に食べる。
ガイドの夫婦ははうさぎの煮込みを頼んでいた。
モンタルチーノのワイナリー、シルヴィオナルディーに行く途中にうさぎを
見たから食べたくなったのかも知れない。
どんな味か興味があったので一切れだけ交換してもらった。
歯ごたえがしっかりとして少し野性味のある香りも感じる。

ワインのリストが圧巻でブルネロだけでも50種類以上ある。
有名なビオンディサンティは450ユーロなので6万円近くする。驚きだ。
食事を済ましてオルチャ渓谷の近くにあるピエンツアに向かった。

途中二つほど撮影のポイントに立ち寄るという。
最初は丘に上に数本の糸杉が正然と並んだ景色で緑と黄色のパッチワーク模様が綺麗だ。
次は小さな教会と遠くにピエンツアの街が望める景色。
これも絵葉書になっている有名な撮影のポイントだそうだ。
天気が良かったので鮮明には写っているが陰影に乏しく納得できる手応えは感じなかった。
許されるなら朝一番か夕焼けを狙いたいところだ。

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一時間ほどでピエンツアの街についた。
遠足らしい子供たちが遊びまわっている。
ペコリーノのチーズが有名な産地らしくチーズを山積みした店が多い。
天気がよく暑いくらいだったので最後にジェラートを食べようということになり
コーンで2種類が選べるジェラートをオーダーした。
選んだのはレモンとヨーグルト、いい味がしている。
ソフトクリームをまるごと一人前食べるのは何年ぶりだろう。
バールでガイドが一杯のコーヒーを頼みトイレを借りた。
その間に3人がトイレを済ませてセストフィオレンチーノへの帰途へとついた。


200年前にタイムスリップした豪華なディナー

  • Day:2013.04.25 20:00
  • Cat:旅行
ワイナリーの見学からパラディジーノに戻るとセレーナが待っていた。
結局日本へのワインの発送は難しいと言うのでプチプチの緩衝材を
セレーナに貰いそれで包んで持ち帰ることにした。

規則では酒類は一人三本迄となっている。送りを前提としたので重量も重く
すでにオリーブオイル缶や濃縮のトマトペーストのチューブなど重たいものが
いっぱいで全て持ち帰れるか心配になった。

八時にディナーを予約していた。
泊まった部屋は離れで両親が住む母屋とは離れている。
下調べでは主屋にはジノリを始め歴史的な食器があるという。
ディナーを頼まない母屋には入れない。
どんなディナーがあるか聞くと前菜三品で始まるビッグディナーだと60ユーロだという。
多すぎるというといくつかのコースを減らして行った。
最終的にアンティパストの前菜をカットした48ユーロを頼んだ。
5ページもあるメニューから選びなさいと言われたが、判断できないので
おまかせするといったがよく見るとイタリア語の次に英語の併記があった。
二人で話し合いメニューをリクエストした。

約束の八時を過ぎた頃にセレーナが迎えにきた。
一階にゲストルームがあ、そこにオールドジノリや古い中国の陶器が
食器棚にたくさん並んでいる。
二階がダイニングでご両親が迎えてくれた。
パパは少し伸びた髭を蓄えてはいるが男前だ。
マンマは品がよく笑顔でダイニングに飾っている陶器を嬉しそうに説明してくれる。
200年前という英語が頻繁に聞こえる。

素晴らしいを飛び越えて呆気にとられる。
オペラで作品を残したパガニーニとはグラングランパパこと
ひいひひおじいさんが友達だという。
なぜかナポレオンのサインまで有る。

食事をする部屋には暖炉があった。
青山高原の薪ストーブとは桁外れな大きさで幅3mが全部ストーブで、
囲いはなく直接薪を燃やしている。
時々セレーナが小さくなった薪を積み直している。

キッチンにはアンティークなミニキッチンがあったり、応接室には
子供が乗る木馬などもあったが飾り用で使ったことはないという。
洗面器と水を注ぐ大きな水差しもジノリだという。

外からは気がつかなかったがダイニングは南東の角に位置しており
その二面は天井近くまで大きなガラス窓が入っている。
採光と眺望を楽しむためにリフォームしたようだ。

プリモで運ばれたのはジノリの器に持ったリコッタチーズにほうれん草に
似た野菜を小さく刻み卵くらいの大きさにカットし、表面をフライパンで焼き上げた料理だ。
野菜の適度な苦味とリコッタチーズのライトな味でペロッと食べてしまった。

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自家製のワインだと言ってワイングラスに注いでくれる。
あざやかなルビー色で若くてフレッシュな香りがする。
余韻に甘さも伝わってくる。

庭には古木のサンジョベーゼも木が点在し若いぶどうの気もたくさん植えられている。
ワイナリーと同じ様式で本格的に作られている。
ついた日にワインも販売していると言っていた。
料金は16ユーロでごく普通のワインだと謙遜していた。
私が最終日にモンタルチーノでブルネッロを買うと言ったので
ごく普通のワインといったようだ。

セコンドはパパが作ったローストビーフ。
火の通りが最高でベルベットのような滑らかな舌触りの肉だ。
リンデンも時々ローストビーフを作るがこの舌触りはない。

付け合わせにポテトのフライが出てきた。
ガラスの大皿に入れてくるあたりは新鮮な演出だ。
カリッとあげており香りも良くおいしい。
べとついた感じがまったくしない。
オリーブオイルであげたからだという。贅沢だ。

もう一つの付け合わせはカリフラワーと野菜をチーズのソースで
オーブン焼きした料理。これもまたおいしい。

ドルチェはテラミスをリクエストしていたが姉のコンスタンツアの
お箱らしくセレーナは今夜はアップルのケーキにしたという。
姉は北欧に出かけており今はいないからだ。
生クリームとフランボワールが添えられている。

コーヒーのための金属製の砂糖入れも年代物らしい。
古きイタリアも伝統的なダイニングでジノリなど最上の器で
超べっぴんのセレーナがサービスしてくれるそんな貴重な体験をさせてもらった。
素晴らしいの一言に尽きる。

伊賀の青山高原とは比べ物にならないスケールを知り
改めて自分たちの立ち位置を確認できたのは意義があった。
小さな楽園と謙遜してホテル名をつけているが立派すぎる。
このエッセンスを少しでも移植したいと思っている。

ワイナリーでブルネッロのワインを堪能

  • Day:2013.04.25 08:00
  • Cat:旅行
モンタルチーノのワイナリー、シルヴィオ・ナルディに行く日がやってきた。
車でしか行けない所なのでプランをたてる時にネットで探した
ちびイタリアの杉谷朋美さんご夫婦に案内を依頼していた。
8時前にパラディジーノの玄関前でひらってもらった。

イタリア人のご主人の車は高速を南に走らせシエナの近くを通る。
ワイナリーの近くにくると少し道が入りくんでおり舗装もされていない林の中を抜ける。
途中うさぎが道路の中央に座り込んでいたのには驚いた。
その後も雉やリス、鹿を見かけた。
青山高原に似た大自然の中にシルヴィオ・ナルディーのワイナリーがあった。

最初にテイスティングルームに案内された。
担当の女子は以前飯田の試飲会で来日したこともあると言っていた。
当然今回紹介を入れてもらったMマネージャーの名前も知っていた。
飲んべえでしょうと言ったら笑ってシッと返された。
妊娠しており、お腹には五ヶ月の男の子がいるという。

会社の建物の前がぶどう畑になっておりその前でシルヴィオ・ナルディーの設立の由来や
現在の畑の位置などを説明してくれた。
次に建物の一番低い所から醸造所に入って行った。

秋に葡萄を搬入し発酵させるタンクや熟成させるためのタンク、
その奥にはフランス製の樫樽の貯蔵庫があった。
一つ上の階は上位のワインを長期貯蔵するスロバキア産の大きな
樫樽が横たわっている。
短いもので六ヶ月、ブルネロの最上位のマラキアーラは三年近く熟成させるという。

マラキアーラは工場とは離れた二つ目のぶどう畑の名前だ。
ここで収穫した単一のぶどうだけを使いブルネロの厳しい規定に沿って
審査を受けた物だけを瓶詰しているので一年に一万本しか出荷しないという。

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試飲会場に戻ると四本のワイン、生ハム、サラミ、パンが用意されていた。
安いものから順に説明しながらついでくれる。
リンデンは二番目につがれたロッソ・モンタルチーノがいいという。
明るいルビー色で爽やかな香りがするライトなワインだ。

三番目が普通のブルネロ、二つの畑から収穫したぶどうを使っている。
かすかなコルク臭が気にかかる。
香り味ともに際立った印象は受けない。

最後にマラキアーラが注がれた。通常の試飲ではマラキアーラは開封しないという。
飯田の紹介だからと特別に追加してくれた。
香りも高く芳醇でおいしい。
開封したのは、2007年のビンテージ、五年前のワインだ。
この時の評価は高くワイナリーでは45ユーロで販売しているそうだ。
他に2005年のビンテージがありこちらは40ユーロ、それぞれ三本、
計六本を日本へ送ってほしいとお願いしたが発送はしていないという。
モンタルチーノのエノテカなら受けてくれるかもしれないというので
後で立ち寄ることにした。
多分送ってくれるだろうとワインを買うことに決めた。
倍のサイズの木箱入りのマグナムサイズのマラキアーラや
グラッパ、ヴァンサント、オリーブオイルなどを購入。
閉めて五万円ほどの買い物だ。

マーク入りの栓抜きとポロシャツをおまけにもらった。
こうして念願だったシルヴィオ・ナルディーへの訪問が実現した。
現地への運転とガイドへの支払いも同等の五万円ほどかかったが
印象に残るワイナリーの見学となった。

部屋に閉じ込められるというハプニング

  • Day:2013.04.24 22:00
  • Cat:旅行
セストフィオレンチーノのパラディジーノで部屋に閉じ込められれるいうハプニングがあった。
敷地内で外部の人も入ってこないのでドアを半開きにしていたら
犬がドアを押して部屋に入ってこようとした。
最初の日も同じようなことがあったのでハウスというと出て行った。

そこで鍵をかけたところ普通ならレバーを右にスライドさせれば開く
ドアがびくともしない。ロックがかかったようだ。
そのロックの解除の仕方がわからない。
ディナーの準備が整えばセレーナが呼びにくるからと待つことにしたが
もし誰もいない時だったらと不安になった。
セレーナが予備の鍵を取りに行って開けてくれた。
後で分かったことだが中からも鍵を差し込めばロックは解除できた。

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実はこの鍵が厄介者だ。
昔のホテルやバールのトイレなど今でも使われている。
鉄製で細長く先が幅広になっている昔の鍵だ。
左に回すとロック、右に回すと解除だが何回も回しているとわからなくなる。
しかも棒が長いので差し込みすぎると解除できない。
最後まで慣れるということはなかった。

フィレンチェは中世にできた街なので建物も古くこういった例が多い。
建て替えに対する規制も強く新しくできる郊外のアパートやマンションには
一部で駐車場があるが中心部で駐車場を確保するのは難しい。
勢い路上駐車となる。
なので中心部は小型車が大活躍する。
どうやって停めたのというほど車間距離が短い停め方をする。
最も驚いたのはセストフィオレンチーノの中心部での出来事。
マダムが狭いスペースに車を停めようとしている。
切り返しながらいれるのだがバンパーで前の車を押している。
それも一度ならず二度も。
少々当たってもおとがめなしらしい。
日本では信じられない光景だ。

1キロのビフテキに挑戦!

  • Day:2013.04.24 21:00
  • Cat:旅行
ビステッカ・フィオレンティーノ。
一度は食べて見たいと思っていた。
アグリツーリズモの宿に入ればそのチャンスがなくなるので、今日は絶対食べようと言い張り
奥村千穂さんが薦めていた名店のイル・ラティーニに行くことに決めた。
入りくんだ道を迷いながらも何とか店にたどり着くことが出来た。

メニューを見るとビステッカは50ユーロとある、しかも量は1キロだ。
ハーフサイズが無いかと聞いたがこのサイズだけだという。
一瞬大食いのテレビ番組で苦悩しているタレントの顔を思い出したが挑戦することにした。

他に頼んだのはミネストローネのスープとミネラルウオーターとワイン。
ワインはテーブルにある大きな瓶のキャンティのワラ巻瓶を勝手についで飲むらしい。
メニューにワインはなく無料だった。ちなみにミネラルウオーターは1ユーロだ。
パンもバスケットに入れたものが無料で提供される。
見た目は美味しそうだが味はついてなく料理と一緒に食べたり残ったソースに
絡めたりして皿に料理を残さないのがイタリア流の食べ方だ。

すぐにミネストローネがきた。
ほうれん草とセロリ、人参、ジャガイモなどがポトフのような大きなカットのまま入っている。
トマトソースの味は控えめで今まで食べてきたミネストローネとは全く違う。
あっさりとした味付けで美味しい。これは7ユーロ。

食べている間も昼過ぎだというのにひっきりなしにお客が入ってくる。
小太りの男性がその度に席を案内している。
最初その人に料理をオーダーしようとしたらウエイターがくるので待てと言われた。
どうやらここの主人のようだ。

lutina-bifuteki (3)

15分ほど待っただろうか。
待望のビフテキが目の前に置かれた。
表面はオーブンで焼いたようで黒く、一部焦げて炭に近い感じに焼きあがっている。
幾つか大きなブロックに切り分けている。
皿に取り分けて見ると中はレアーでリンデンは外側だけを切り分けて口に運んでいる。
キアーナ牛の肉は赤みが中心で脂身が少ない。
その分量が食べられると聞いていた。
それでも二人で1キロは半端なく多い。
中心部にいくほど味がついていないので塩をふりかけながら頑張って
骨付き部分を残して食べ切った。本心は持ち帰りたい気分だった。
会計を頼むと小太りの店主らしき男性が席で伝票を起こした。
100ユーロ紙幣と伝票をウエイターに渡すと店主らしき男性にお釣りをもらいに行った。
レジスターはなく、ポケットからお釣りをウエイターに渡していた。
20ユーロ紙幣が2枚戻ってきた。

こうして始めてのビステッカの食事が実現した。
名物に美味いものなしとはよく言ったもので、その肉の大きさが最大の売り。
食べづらく、調理したという印象は薄い。
話のタネに一度は食べたいと思っていたビステッカだがもう二度と注文することはないだろう。
この店は地元のリピーターも多いようで店主やウエイターと仲睦まじく会話をしている。
その人たちのテーブルにはビステッカの皿は並んでいない。
一見の観光客がオーダーするようだ。
次はトリッパやスープなど他の料理を食べることとしよう。

地中海リゾットに舌鼓

  • Day:2013.04.23 19:30
  • Cat:旅行
セストフィオレンチーノでの二日目はルッカに行くことをセレーナに薦められたが、
周辺を歩いてショッピングすることにした。
緩やかな坂道を下りながら住宅を横目に町の中心部へと歩いて行く。

パラディジーノの近くは高級住宅地の趣で五階だてのマンションも点在する。
公園が整備され赤ちゃん連れや老夫婦が憩う姿も多い。

最初にパン屋で買い食いすることにした。
お薦めのパンはと聞くと甘いものならと揚げパンを勧めた。
リンデンはそれを頼み、私はサラミのパニーニをオーダーした。
バーガーのような丸いパンを薄く二枚に切り分けそこにスライスしたばかりの
サラミを五枚ほど挟み込む。
味付けはせずサラミの塩味だけで食べる。
普通想像するサラミの大きさではなくギフトのロースハムをさらに大きくした
サラミをオーダーごとにスライサーにかけるのが特徴。
塩味が強いのでワインが欲しくなる、がまだ昼前なのでここは水で我慢する。

リンデンはオシャレなウインドーの雑貨屋さんでハーブ入りの石鹸を土産に買った。
カーサ・パルミラはロビーに退屈しないようにとたくさんの本を置いていた。
その中の一冊、トスカーナの写真集が私の目に止まった。
緑の広大な大地に糸杉が並ぶ景色やドオーモの写真などフィレンチェの
素晴らしい写真が載っていた。
似たような本をリンデンバウムに置こう思い本屋さんで聞くと三冊ほど選んでくれた。
その中の一冊が欲しくて価格も気にせず買うことにした。
およそ五千円近い。今回の旅行で食事以外で自分のために買ったものはこれが唯一の品。
自分へのフィレンチェの土産となった。

ヴィラに戻るとセレーナが庭を案内してくれるという。
ヴィラは北側に宿泊施設や住居が集まり、南側にはぶどうとオリーブの畑がある。
所々にアーティチョークやハーブ、そら豆、玉ねぎなどが植えられている。
アプリコットやさくらんぼ、いちじく、胡桃の木もある。
皮付きのクルミを食べさせようと手で割ろうとしたのには驚いた。
結局近くにあるレンガで割って食べさせてくれた。
油も回っていなく香ばしくて美味しかった。
ここではワインも製造しておりたくさんのぶどうの木が植わっている。
古いぶどうの木はサンジョベーゼの品種だと教えてもらった。

園内の説明が終わると何か聞きたいことはというので大きな松になっている
大きな松ぼっくりを取りたいと、いうと自由にとっていいという。
セレーナと別れた後に棒を探しあて下からたたくが中々落ちてこない。
ようやく一個を落としたが枝との接点はなかば木の状態でしっかりとくっついている。
あまり叩くと枝がおれたりして忍びないので一個だけでやめた。
ユニークなことに上からみた松ぼっくりはバラの花によく似ている。

夕食はどうするのとセレーナが聞いて来た。
せっかくなので昨日勧められた近くのレストランに行くというとスマフォで予約してくれた。
予約の時間がきて地図を頼りに15分ほど歩く。
通りごとに名前が表示されているので迷うことなく店についた。
夕方の開店は七時半というのが多くのレストランテ。
ここもその時間は開店準備中でもちろん私たちが最初の客。
英語のメニューを持ってきてくれたので良かった。
イカのサラダ、地中海の魚のリゾット、メインも魚を使った料理とあるが形は分からない。
最後にマルゲリータのピザをオーダー。すべてシェアーすると伝えた。

Aqaqa-dinnar-sakarizo 2

リゾットは始めて食べる味わい。トマトソースだがチーズは使っていない。
ムール貝やあさり、イカ、エビなどがたくさん入っている。
少し辛くしているのもいい。海が近いピサでどうしても食べたかった魚の料理が
ここセストフィオレンチーノで叶った。

ピザがくる前にほぼ満腹状態。大きな石窯でピザはやいていた。
30cmはあるだろう、まだチーズがトロトロの状態のマルゲリータが最後にきた。
八分の一にカットしてリンデンが食べたのは二切れ、残りは小生が頑張った。
実はマルゲリータはメニューのトップの目玉で一枚6ユーロ、
日本円に換算して780円と驚くほど安い。ピザのメニューだけで30種類も有った。
日本では考えられない多さだ。会計は締めて60ユーロ、一人四千円弱。
帰るころにはほぼ満席となったが、夜だというのに女性だけのグループが
大半でペアが数組と言ったところ。
旦那や子供の食事はどうしているのと聞きたいくらい日本とはかけ離れている。
さしずめランチの時間帯をそっくり夜に移し変えたそんな感じだ。
気になるワインのオーダーも女性群が多いので芳しくない。
大半はガスなしのミネラルウォーターをオーダーしている。
イタリアは飲酒への取り締まりも日本程きつくなく酔わない程度のワインなら
運転は構わないそうだ。校外の店なので帰りの足はそれぞれが車。
Aqaqaの駐車場は多くの車で埋め尽くされていた。

超べっぴんのセレーナは接客上手

  • Day:2013.04.22 18:00
  • Cat:旅行
スレンディで背が高く超べっぴんさんのセレーナは赤のホンダ車でやって来た。
私たち二人を乗せるとゆるい坂道をほぼ直進、突き当たった所で右折した。
三車線の左右は駐車した車でふさがっている。
フリーパーキングと言うと笑っていた。

para-fuji.jpg

門は手元のリモコンで開いた。
ゲートから20メートル進んだところに二つ目の門がありその前で車を止めた。
泊まる部屋は自宅横の離れのようだ。
天井までは10メートルある。
大きな梁が組まれ屋根は板ではなく長いレンガが使われている。
多分昔は馬小屋だったと思う。
部屋にはお大きなダブルベッドとソファー、テレビ台と別にデスクが一つ。
風呂はジャグジーと別にシャワーもついている。
日本を離れてから一週間後に幸運にも浴槽に浸かれることとなった。
メールでのやり取りでオプションツアーや周辺の情報を得ていた。
料理教室は一人120ユーロ、驚くほど高い。
明日ディナーを申し込んでいると言うと予約は通っていないらしい。
近くで食事ができるところを紹介するといい地図を事務所に取りに行った。
レストランやパン屋、スーパー、グロッサリーの店など地図上にプロットしてくれた。

今日の食事はと聞かれたのでパンなど買い出ししているというと
すぐにワイングラスや皿、フォークなどを持ってきてくれた。
ディナーは明後日なら可能なのでメニューをもってくるという。
最初にメモ書きしたのがビッグディナーというもので言うところのフルコース。
料金は一人60ユーロ。
もっとライトなものがいいと言うとプリモを省いたりセコンドを省いたりして
料金が下がり最終的に48ユーロのメニューで落ち着いた。
料理が選べるのでチョイスしてというがイタリア語のメニューですぐには判断できない。
お任せすると言った。
食べられないものがないかというので鶏肉以外の豚肉か牛肉でとお願いした。
24日のモンタルチーノから戻った夜8時からのディナーが実現した。
紹介本によるとジノリやポールセンの古い食器などもダイニングで見せてくれるらしい。
今から楽しみだ。近くにはジノリの磁器工場があり美術館もあると聞いていたので
リクエストするとまたまた地図を取りに行ってくれた。
ただジノリの美術館は明日が閉館日なので行けないという。
彼女の提案は代わりにフィレンチェのボーボリ美術館に
オールドジノリやポールセンがあるので行く事をすすめられる。
フィレンチェの地図も持参する抜かりなさ。もてなしの精神が徹底している。

今日は自分も仕事を終えるので次会えるのは明日の朝だと言って帰って行った。
その後もノックされるのでドアーを開くとここの農園で作ったオリーブオイルだと
詰め替えたボトルを差し入れしてくれた。
ちゃっかり土産購買への伏線を引く商売の巧さにも恐れいる。
超べっぴんさんのセレーナ勧めれられたら鼻の下を伸ばして
買ってしまうに違いない。

イタリアの駅で英語は必須と痛感

  • Day:2013.04.22 17:00
  • Cat:旅行
カーサパルミラで二泊した後は二軒目の宿、パラディジーノへの移動となる。
一旦フィレンチェヘ出るが重たいトランクを引きづったままで街を歩くの嫌だし
どうしようかと相談していた。
一旦パラディジーノに baggabeを預けてフィレンチェの街へ送って欲しいと
幼稚な英語と絵でアッスンタへ説明するがなかなか伝わらない。
指定した時間が午前中だったのでパラディジーノへバッグを預けるのは無理、
駅までの送迎となると言われた。
そこで旅費を節約するためにバスで戻ることに決めた。
当初はステファノが往復送迎するということで40ユーロだった。
バス代は2.30ユーロなので二千円近くが浮いたことになった。

バス停までアッスンタに送ってもらいまた来ると言って別れた。
最近は膝が痛むらしいと日本人の女性が言っていた通り
朝は階段の上り下りがつらそうで気の毒だ。
ヴィラを始めて20年近くなっておりアッスンタも60代も中盤だと
見受けられる。ヴィラは忙しいだけにそう長くは続けられないなと思った。

フィレンチェの駅に着いて真っ先に荷物をあずけるコインロッカーを探した。
それらしきものはどこにもない。売店のお兄さんに聞くと売店の後ろを指差してくれた。
行くが地下への降り口があるだけでロッカーはない。
旅行代理店のHISに電話しようかとするが携帯は持参していないので
公衆電話でかけるしかないが電話の使い方がわからない。
ホームにいた駅員さんに聞くと16番ホームにあるという。
このホームは二日目に奥村千穂さんの家に行く時に往復したホームだ。
その時はバックを預ける窓口には全然気づかなかった。
パスポートを提示し二個のバックを預けると引換のカードをもらった。
もし英語が話せていたらアッスンタにこの手順も確認できていたのにと残念に思う

身軽に成った所で先日行きそびれていたフィレンチェの中央市場や雑貨屋さんまわりをした。
まずは腹ごしらえということでレストランテでパスタを食べようとするが覗いた
二軒とも一人の客もいないのでパス、結局ワンランク下のオステリアに落ち着いた。
トマト味のパスタとクリームチーズのラビオリをオーダー、水は持参していたので
ここは我慢して節約。飲み物ときかれ「ノー」と答えるともろ嫌な顔をされた。

トマト味のパスタはごく普通の味でパルミラのステファノが作ったアラビアータの方が
断然美味しいという。ラビオリは10切れ以上入っているが味が単調で歯ごたえも
あまりなく飽きてくる。
日本でいう箸休め的なピクルスなどあればいいなあとも思う。

中央市場はガイドブックにも書いてあったが寂れ気味だといい
数店舗はシャッターが降りたままだ。
肉屋やワインを売る酒屋、オリーブオイルの専門店、ハム屋などが目立つ。
その中の一軒に日本人の女性が試食を勧めている店に引き入れられ土産を
買うことになった。オリーブオイルや羊から作ったペコリーノ、32ヶ月熟成の
パルミジャーノチーズ、ソーセージなど閉めて70ユーロほど購入した。
試食と日本語での説明でリンデンも安心して買うことができたと満足していた。

アッスンタがあらかじめ乗る電車の時刻を調べてくれパラディジーノへも
到着時刻を電話しておくと言っていた。3時過ぎの電車に乗ろうとするが
一時間遅れているという。車内で待つが予定の時刻が20分も過ぎてやっと出発。
やきもきさせられる。


paradi-room.jpg

パラディジーノはセストフィオレンチーノの駅で降りる。
中央駅からは4番目とチェックするも途中二つの駅を飛ばしたので快速で
止まらないのではないかと焦る。無事駅に着いたが迎えの姿はない。
雨も強くなり出し多くの人が駅への送迎で車がひっきりなしに出入りするが
迎えの車は来ない。
電話を使用にも携帯を借りてこなかったしipadの海外でのローミングも
高額の請求をお恐れて手続きしていない。タクシーも見当たらない。
駅からパラディジーノまで歩こうかと言うが雨だし15分近くかかるし、
しかもそれぞれ三つづつバックを持っているやらで歩くことをしぶる。
あれこれ駅までの一時間近く経過、思案にくれていると先ほどタクシーが
ないかと聞いた紳士がタクシーを呼び出す電話番号がbarに表示されていると
教えてくれた。でも電話のかけ方を知らないというと彼はモバイルで
タクシーを呼び出してくれるという。ならば直接パラディジーノへ電話をかけて
欲しいとお願いした。彼はパラディジーノは知っているという。
電話番号を教えた。かけるがパラディジーノではないと言われた。
幸いアッスンタがパラディジーノの娘さん、セレーナの携帯番号を控えて
くれていたのでその番号にかけて貰う。
祈る気持ちだ。

ビジーと言われ少し待ってかけようとした時に彼女からのコールがかかった。
イタリア後で会話があった後、五分で迎えに来るという。
痛く感謝し丁重にお礼を言った。
セレーナが迎えにきてくれた時も紳士はまだ駅にいた。
彼女も紳士に礼をいい握手していた。

車中なぜ遅れたのとセレーナに聞かれた。電車が一時間ほど遅延したというと納得。
彼女も駅までの三回迎えにきたそうだ。恐縮した。

こうして何とかパラディジーノに着くことができた。
リンデンは閉口したようで、海外旅行はもういいと愚痴んでいた。
英語は必要だ、よし帰ったら覚えようと意気込むがきっと三日坊主に終わることだろう。

7年越しの夢が叶う

  • Day:2013.04.21 15:00
  • Cat:旅行
パルミアはアグリツーリズモの一軒だがホテルの形態としてはB&Bにあたる。
bed & breakfast の略で朝食付きのホテルを指す。
私たちが泊まった部屋はツインでルームナンバーは六番、広い方ではなかった。
シャワーとトイレ付きでバスタブはもちろんなくビデもついていない。
宿泊費は朝食付きで二人で15000円程。
四月とはいえパルミラはフィレンチェ近郊の山の中腹に位置し朝夕は冷え込むので
時々自動的にお湯を循環させて温める暖房機が熱くなっている。

朝食は一階のダイニングで食べる。
時間は8時半から10時半まで食べたい時間に降りて行けばいい。
初日は勝手がわからなく8時すぎに行ったら一番の客になってしまった。
アッスンタと友人の奥さんとがバキング形式の準備をしていた。
目立ったのは大きなケーキ。
パネトーネに似ているが乾燥したオレンジなどを混ぜ込み表面にアーモンドを
乗せて焼き上げたお手製のケーキが大きく鎮座している。
トースターで焼く全粒粉のパンもある。ヨーグルトはオシャレな容器に入っていた。
お手製のチェリーとアプリコットのジャムが用意されている。
果物はイチゴだった。形は不揃いで大きいものが多い。
食べるとシャキシャキとして硬く日本のものほど甘くはない。
新鮮だが熟し切っていない感じがした。
他には新鮮なミルクとオレンジジュース、紅茶、コーヒーなど。

食事を始めたらアッスンタがスクランブルエッグを焼くが食べるかと聞いてきた。
シイと答えると卵は一つか、二つかと聞くので一個と答えた。
卵だけでなくベーコンの色合いをした塊が入っている。食べるとクルトンだった。
全粒粉のパンを小さくカットしオリーブオイルで炒めてから卵を流し込んで焼いたのだろう。
ネギのような緑の薬味はハーブの一種チャイブだ。
普段食べるスクランブルエッグより濃厚な味付けで一口目から美味しいと感じる。
明日朝作っているところをビデオに収めておこう。

suku-egg.jpg

昼前にレッスンが始まるので朝は控えめにしておいた。
もし外出しなければこのロビーで持ち込んだ料理を食べたり用意された
インスタントのコーヒーや紅茶などいつでも自由に飲んで構わないと言っている。
パナソニックのステレオからはクラシックが流れており、見ればFM局にチューニングしていた。

このロビーにはステファノが作ったライトがいくつも置いてある。
大きな丸太をろくろで削ったものは川岸にあったアカシアの木だという。
木目が大変綺麗だ。その中の一つは樹皮も残したままで細工してある。
ライトの傘は統一しており大小あるが形は同じ、色は赤とベージュの二種類だ。
ロビーのカラーリングのセンスが良く落ち着く。
ここで本を読んだり書きものをしたりと一日を過ごす人も多いそうだ。
時々気にはかけてくれるがアッスンタもステファノも忙しくしているようで
ほったらかしにしてくれるので自宅でくつろぐように自由な空気が漂っている。

ロビーを出るとぶどう棚が着いたテラスがある。屋根はパーゴラと呼ぶ
木組みがつけられている。この仕様は青山高原でも真似てこの夏迄には
つけるつもりだ。外でコーヒータイムといきたいがお日様がさせば
暖かいが太陽が雲に隠れると肌寒い。

アッスンタが満開の桜にキッスしながら春がきたのが嬉しい、と言っていた。
冬が寒く厳しいだけに春とともに多くの外国人が訪れてくる季節の到来を
待ち望んでいたのだろう。
こうしてカーサパルミラへの訪問が実現し7年近く望み続けていた夢が叶った。

パルミラでの料理教室

  • Day:2013.04.21 12:00
  • Cat:旅行
パルミラではアッスンタの料理教室を予約していた。
昼だと時間的な余裕もありランチをかねての教室となった。
詳細なレシピはなく、料理のタイトルだけがメモ書きしていた。メモを白紙に
清書しながら一品づつ説明してくれる。

アンティパストはブルスケッタ、夕べ食べたものとは乗せる具を変えるという。
付け合わせはメディチ家に 500年前から伝わったというオリーブの実とレーズンのマリネ。
プリモは、ほうれん草とリコッタチーズを使った蒸したまんじゅうのような品目。
セコンドは豚ヒレ肉の香草炒め。ドルチェは生クリームをホイップして栗の蜂蜜を加えたもの。
イチゴのチョコレートを巻付ける。

palmira-cook.jpg

最初に作り始めたのが最後に食べるデザート。
冷凍庫で固めるので2時間かかるからだという。
泡立て器でホイップさせ、型にいれて完成。

次に調理し出したのが羊の乳から作ったリコッタチーズ。卵二個を加えた混ぜ合わせる。
そこにほうれん草を茹でしっかり水けを切り冷ましてから混ぜ、片栗粉で手につかないように
しながら団子状にまるめる。最後にボイルしてオリーブオイルを掛ければ完成となる。

アスパラはした処理した後ボイルする。
ソースはゆがいた卵の黄味をつぶしオリーブオイルでマリネし塩胡椒をする。
冷めてから器に盛り付け最後にゆで卵をつぶして上から掛ける。
見た目が春に花をつけるミモザに似ていることからアスパラミモザ風の名がついている。

豚ヒレ肉の香草焼きはユニークだ。一緒に庭にハーブを摘みに行こうと言う。
青山高原でやりたいとリンデンが言っていたことだ。
タイム、月桂樹の葉、セージ、一つづつ名前を呼び上げながらハサミでカットして行く。
それをてていねいに水洗いしペーパーで水分を拭き取りまな板の上でみじんぎりにしていく。
次に取り出したのが大理石で作ったすりこぎ。ヘーゼルナッツをつぶし、ジュノベーゼ風の
ソースに仕上げてから他のハーブと混ぜる。そして豚ヒレ肉にすりつけ香りつけるのに
一時間近くおいておく。最後に適当な大きさに切り分けてフライパンで両面をしっかり焼く。
焼き具合もちゃんと聞いてくれる。
すべての料理が整い夕べと同じように一緒に食べるかと思いきや二人だけの食事となった。
量も多く食べきれず半分近く残してしまった。
ワインが進み昼だというのにボトルの半分以上を開けてしまった。
世界中からお客さんが集まるというパルミラは料理上手の夫婦ともてなしの精神で
あふれている。
アッスンタの経験値の高さも伺える。

料理に関わるものとしてこのおもてなしは大変参考になった。
イタリアでは最高の料理レッスンとなった。

カーサパルミラ一日目

  • Day:2013.04.20 15:00
  • Cat:旅行
午後三時にフィレンチェ中央駅にステファノが迎えに来てくれる約束だった。
早めに指定の駐車場で待つが彼の姿はなし。
20分ほど過ぎたので場内を探したらものの20メートル先で待っていた。

車は市内を北へ向けて走り出した。途中丘の上に広がる高級な別荘地を通り抜けた。
車窓からはフィレンチェのドームが俯瞰できた。
この辺りはオリーブオイルの畑だとステファノが説明してくれる。
30分ほどで車は右に折れカーサパルミラの駐車場へとすべりこんだ。
アッスンタが笑顔で出迎えてくれた、写真のままだ。

カーサパルミラを知ったのはトスカーナの休日というタイトルの本だった。
著者は石川ふみえで彼女は単身トスカーナのアグリツーリズモで料理の修行をし
一冊の本にまとめあげた。その中の一軒がパルミラだった。
本当は三年前のイタリア行きの時に来たかったがまだ現役だったので長期の休みは
閑散期の一月のしか休めなかった。
パルミラは冬の間は休業で3月も後半にならないと予約は取らない。
アグリツーリズモの宿泊はあきらめてイタリアの主要四カ所をバスで
巡るというツアーに参加した。リンデンがいきなりイタリアに行ってローマも
ヴェニスにも行かない旅行なんていかないと反対されたこともあった。
この時の旅行も鮮明に今でも覚えている。
ただ食事に関してはありきたりで満足の行くものではなかった。
再来をトレビの泉に願った。
そのかいがあって今回の旅行が実現した。
パルミラを選んだのは料理が得意なアッスンタと家のリフォームや
ガーデニングの補修や営繕を担当するステファノの関係が私たち夫婦と
重なったからだ。着いた日の夕食はディナーを申し込んでいた。
食事は七時半からという。
日本から来ている女性がフィレンチェから戻ってきたら一緒に
食事をしようと英語で言っている。

palmira-niwa.jpg

食事までの時間は周辺を散策しガーデンなどを写真に収めた。
写真を撮る習慣で最初に横位置、次に縦位置と一つの景色を必ず二枚撮るのが、
不思議と横位置の写真の収まりが悪い。
ほとんどが縦位置のカットとなった。

食事はブルケッタから始まった。トーストしたパンにニンニクがたっぷりとぬられ
オリーブオイルと黒胡椒がかかっている。スパイシーでしかも辛い。
二切でもう十分だ。
二品目はステファノが振舞うパスタだった。ナポリタンに似たトマトソースとミンチを
使ったパスタだがこれも唐辛子を効かせたアラビアータだ。
メインのセコンドはほろほろ鳥を焼いたもの。大きなフライパンにたくさんの鶏肉が
調理されて出てきた。ローズマリーの香りもする。ランチがフィレンチェでの
ビステッカだったのでお腹がほとんど空いてなくて一切れ食べるのが精一杯だった。
他にはアーティチョークを蒸したもの、トマトと玉ねぎのマリネなど。
さっぱりした味付けが嬉しい。そら豆の小さいサイズの豆も用意されていた。
火を通していない生のままだ。案の定青臭い。
たべないでいるとアッスンタがペコリーノチーズをスライスしてくれた。
これと一緒に食べると美味しいという。
薄皮をむいてから一緒に口にするとなるほど青臭さは消えた。
東京から来た女性は今回ブーリア州とフレンチェの二カ所だけ巡っているという。
しかもカーサパルミラへは今回が四回目だという。
ここは非常に居心地がいいそうだ。暇しているとステファノが友人宅に連れていてくれたり、
オリーブオイルの買い出しに連れていかれたり、コンフィチュールの材料を庭で
調達する手伝いもおおせつかったりするそうだ。彼女が通訳代わりになって世話を
してくれて食事の場が和んだ。ワインがすすむとステファノは必ず政治の話を
切り出し熱く議論するそうだ。彼だけでなくイタリアの男性全般がそうらしい。
彼がヒートしそうになってきたところで食事はお開きとなった。

フィレンチェのB&Bで特別なディナー

  • Day:2013.04.19 19:00
  • Cat:旅行
フィレンチェ滞在の三日目は夕方の六時から料理教室の予約を入れていた。
前日お世話になった田舎教室の主催、ラカーサミーアの奥村千穂さんに2月の時点で
スケジュールを確定していた。場所はヴェッキオ橋を超えて南へ更に15分ほど歩いた所で、
何たらかんたらロマーニという通りに面したビルの二階だという。
地図を片手に探すが手掛かりは呼び鈴という小さなプレートに書かれた二行ほどの
ローマ字の表札が頼り。番地は28と聞いていたが似たような番地が何箇所もあったり、
急に番号が飛んだり道を挟んで反対側だったりと思った以上に時間がかかり、
余裕を持ってホテルを出発したが着いたには約束の6時丁度となった。

呼び鈴を押し名前を告げると玄関ドアのロックが解錠され階段を登り
お会いすることができた。
会うなり紹介者の奥村さんに電話を掛けるが彼女が電話に出ない。
英語がほとんどしゃべれないというと、ipadを出してきてイタリア語を
入力し翻訳ソフトで日本語に変換してくれ始めた。
かなり慌てた様子でスケジュールの変更を伝えようとしていた。

要は料理教室の予約は昨日と聞いていて待っていたが来なかった。
今日はディナーの予約が一組入っているので教室はできないので
ディナーのメニューの一つ、ラビオリをデモで紹介する形式に変えて
ほしいという事だった。

原因はともかくも、えてしてあることなので構わないと答えると
ホッとした様子でキッチンに案内してくれてラビオリの調理に入った。

ウエルカムドリンクでシャンパンを進めてもらったが本人もホッとしたのか
私もワインが大好きなので飲むと言い出し調理の前に飲み出したのには
呆気に取られた。

bioの小麦と新鮮な卵が大切だといいラビオリの生地をこね出した。
かなり力がいる作業のようだ。
生地はラップに包んで冷蔵庫に30分ほど寝かせる。
その間にラビオリの中に包む具を用意しだした。ゆがいたほうれん草に
水牛のリコッタチーズ、パルメザンチーズを加えフォークで混ぜた。

もう一つはアレルギーでリコッタチーズがダメだというお客様のリクエストで
リコッタに変えてじゃがいもをすりつぶして素材を置き換えたものを用意した。

次に生地を取り出し二つに分けてパスタマシンで延ばし始めた。
厚さを調整するダイヤルを変えながら幅15センチ長さ1メートル程の生地を作り、
そこに丸めた具を乗せ上からかぶせるように生地で包み混んだら生地を
カッターで一口大に切る。

もう一種類は真四角でなく斜めに包み小籠包の様な帽子スタイルに仕上げた。
リンデンにもトライしなさいと手伝うことを勧めてくれた。
彼女も普段から慣れた作業なのでテキパキと仕上げるとパーフェクトと
褒めすぐにコックになった方がいいという。
リンデンのプロフィールを英語で伝えることが出来ないのが残念でもあった。

こうしてラビオリの下ごしらえが完成した頃にもう人組のお客様が到着した。
アメリカのニュージャージー州から観光にきたというご夫婦と娘さんの三人。
ウエイター役のご主人が英語で話を盛り上げている。
どんなことを会話しているのかはヒヤリングできるが詳しい内容まではつかめない。
リンデンは自分は今更英語を覚える気持ちはないが長男の孫には英語塾に通わせ
英語がしゃべれるようになって欲しいと言っており、このケースで更に痛感したようだ。

ディナーの最初は、鴨胸肉のスライスにハーブを使ったソース、エシャロットや
トマトで飾り付けした一品。まだワインは開かない。
二品めはステムのないワイングラスに入ったスープ。人参だけのスープにバジルのソース、
黒胡椒を散らしていると説明を受ける。
ご主人がipadで翻訳しようとしてくれたが理解できると伝えるとホッとした様子。

ここで赤ワインが登場した。キャンティの赤で味はミディアム、香りもまずまずの
お手頃価格のワインだ。リンデンはグラスワイングラスでいっぱいだけと
思ったようだがフルボトルで提供されたことに少し驚いていた。
頑張って飲んだが半分ほど残したの帰る前に昨日覚えた「take away ok」と聞くと
もちろんと答えが返ってきた。

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次がラビオリの登場。丸くそこの深いパスタ皿で出てくるかと思いきや予想に反して
四角の平皿で片隅にに種類のラビオリとズッキーニのソース、ズッキーニの花を
添え茹で上げたアスパラがバルサミコ酢で登場した。

もはやこの時点でお腹はパンク寸前、奥さんの話では昔日本に行ったことがあり
大概の日本の料理は好きだったがお寺での精進料理は量も少なく期待はずれだったという。
食べることが大好きな人柄が料理にも表れてボリュームたっぷりのメニューとなっている。

セコンドは薄く伸ばした鶏肉とベーコンを芯に周りをパイ生地で包んだメニュー。
アメリカからのゲストももう食べられないといっている。
最後はパンナコッタにイチゴのコンフィチュールが乗ったドルチェ。
甘いし味が濃い。料理も全般的にその傾向が伺える。
繊細な味を好む私たちにはそう感じる事が多い。

BGMはご主人ががセレクトした曲をiPodnano でスピーカーに直接つないで
流している。アメリカのゲストは選曲がいいと褒めていたがジャズ、
ボサノバ、ロック調ありとごちゃ混ぜであまり心地いいとは言い難い。
朝はクラシックを流しているというので、ここはイタリア、ならばカンツーネの名曲を
今の人がカバーしたオシャレな曲をプレイリストに集めるという趣向に出たい。

ともあれ普通では経験が出来ないB&B (朝食付きの宿)で数組のゲストを
招くというディナーと裏方のキッチンまで見せてもらい後日には今日の
メニューのレシピも日本語でいただけるということになりハプニングがあったが
これも思いで深い旅になると満足してホテルの帰途についた。

前日迷いに迷ったフィフェンチェの街中も方位磁石の使い方がわかったので
ネットのナビがなくても一発でいけるようになった。
迷子にならずに最短距離でホテルに帰ってきた。

ピサの斜塔へ日帰り旅行

  • Day:2013.04.19 09:00
  • Cat:旅行
フィレンチェ滞在の3日目は夕方から料理教室の予定。
それまでの時間はピサへ行くことにしていた。

サンタマリアノベッラ駅で往復のチケットを購入。
電車の時間とホームを案内所で聞くと三番線で9時28分初だという。
昨日の18番と同じで4番線の奥に3番ホームがあった。
今日は時間の約束はないのでその分気は楽だ。
時間より数分遅れて電車が出発した。

車掌の検札があり怪訝な顔をされた。
チケットの裏の注意書きを指差して説明してくれるが理解できない。
車掌はカバンから日本語表記の注意書きを示してくれた。
それによると駅に設置の刻印機で乗車前に刻印する義務があり、
怠ると5ユーロの罰金が課せられ悪質な無賃乗車だと50ユーロの罰金だという。
次回から注意してと言われ手書きで書き添えてもらい今回は無罪放免だった。

昨日も奥村さんが帰り際にチケットの刻印をしてくれた。
往復のチケットなので行った先の駅で一度だけ刻印するんだと勝手に判断したのがまずかった。
乗車前に刻印する義務があるそうだ。結果、駅には検札のゲートはなく誰もが自由に
構内を往来できる。
日本と違って個人を信じ余分なコストを抑える考えは合理的かも知れない。

ピサまでは快速だったので約一時間で到着。
途中幾つかの街や工場、イチジクや麦の畑の中を通り抜けたが、平野の中をかなり
早いスピードで電車は走った。
ピサの駅からはアメリカの団体さんの後をついて行ったら予想通り斜塔のある広場まで
連れて行ってくれた。
天気が快晴で夏日のような暑さ。
青い空に白い斜塔が輝き綺麗な写真が取れた。

ガイド本には隣接の博物館の中庭からのアングルが一番いいと書いてあったが
入場料が5ユーロかかると聞いて諦めた。
斜塔には事前の予約で登ることもできると書いてあったが待ち時間も必要なので
登らなかった。広場を一周して再び駅へ向かう。

最初は海が近いピサで海鮮のパスタを食べたいと希望していたがそれらしき店に
巡り会えず、リンデンが流行っている店を見つけここで食べようといった。
石窯でピザやフォカッチャを焼いて出している。
ここでナポリピザというトマトとアンチョビのピザを食べた。
大きくて一枚6ユーロと安かったが塩辛く味はもう二つという程度で残念な食事となった。
明日はちゃんとしたレストランテでパスタを食べようと思っている。

トスカーナの田舎で料理教室

  • Day:2013.04.18 09:30
  • Cat:旅行
フィレンチェ滞在の二日目に奥村千穂さんの自宅で行う料理教室を予約していた。
彼女はイタリア語の通訳など経験した後イタリア人のご主人と出会いイタリア暮らし、
十数年前に念願のフィレンチェでの住居を構えた生活を始めたそうだ。
私が彼女を知ったのは彼女の著書「フィレンチェ田舎生活便り、小さな村の春夏秋冬
という本。3年程前に書店で買い求め山間の生活に青山高原のヴィッラの立地を
重ねてイメージしていた。彼女は10年前からフィレンチェでの滞在型の旅行を
企画運営するラカーサミーアという名の旅行代理店を運営もしている。
今回の料理教室の存在は彼女のホームページで知った。

ご主人のアントネッロはイタリアの長靴のかかと部分にあるブーリアの出身。
料理好きでトスカーナの古い料理の歴史的な背景やレシピも豊富に持っている。

奥村さんからもらったメールを頼りにフィレンチェの中央駅、
サンタマリアノベッラ駅に向かう。
新聞屋さんで30キロの往復チケットを2枚買う。
目的の駅Vaglia(ヴァーリア)は8時40分初、プラットフォームがわからない。
駅の案内所で聞くと18番だという。
まてよ、一番端は16番しかない。
出発の時間までは5分しかない。

16番のホームにおまわりさんがいたのです18番ホームと聞くと前方を指差す。
10両ほど先にホームが見えてきた。

走るしかない。ホームがやたら長い。
間一髪で間に合った。

しかし乗ったものの電車の行き先があってるかどうかわからない。
というのは行き先表示が電車にはないからだ。
車内に3種類の路線図が貼ってあるが目的の駅名が見当たらない。
不安を感じて横の女性に駅名を見せて聞くとこの電車ではないと否定された。

あれあれやっちまった。
仕方がないので次の駅で降りて電話をし迎えにきてもらおうと腹を決め
反対側にある駅のホームへ向かう地下道を上り詰めたら奥村さんの微笑む姿があった。
あっ、この電車で合っていたんだと取り越し苦労を反省する。

フィレンチェは中世からの古い街で世界的な歴史遺産にも指定されているので
駐車場所が少ない。大型の車は敬遠されマーチクラスの小型車が圧倒的に多い。
それらは道の片側車線に駐車されることが多く樹列駐車も神業かと思うほど
ピッタリ停めている。あたったらゴメンね式で前の車のボンネット接しても
OKという。日本では考えられないことだ。

そんな知識も持ち合わせていたので奥村さんのオンボロの車にも驚かない。
主要な道から山へと入り込んで行く。塗装道は終わり石ころだらけの坂道を登って行く。
上り詰めたら所に隣り合わせに二軒の家が吉野建てになっており、奥が彼女たちの家だ。
道から階段を数段降りたところに玄関があり、入った所がリビングで、上がベッドルームと
浴室周り、下がキッチンだという。

キッチンに降りるとアントネッロが笑顔で迎えてくれる。
がっちりとした体格、握手する手は大きくしかもゴツイ。料理人の手とは思えない。

料理レシピがちゃんと用意され透明のファイル台紙付きで用意されている。
トスカーナの伝統的な料理をとリクエストしていたので手間はかかるが
一から材料を作り込んで行くという。

アントネッの性格は綺麗好きでしかも細かい。
使った用具は必ずもとの位置に仕舞う、そして次にというので段取りが悪く
調理に時間がかかる。

ポロネギのキッシュ、アーティチョークの詰め物、アスパラソースのニョッキ、
クルミのゼラート四品がメニュー。
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最初にドルチェからと凍らせたり冷やしたりと前準備に時間がかかるものから始める。
ビデオをとったが料理の説明や素材の紹介などに時間を要しバッテリーが一時間ほどできれてしまった。
あとはカメラで追うことに。
料理の開始から四時間、2時過ぎにやっと食事にありつけた。

奥村さんと色々な話で盛り上がっているが、ニョッキを茹でたりソースに絡めたり、
デザートの盛り付けをしたりと調理するのはご主人一人に任せっきり。
食事が始まってからは完全に生徒でなくゲストになってしまった。
アントネッロは不器用だが料理を教えようというひたむきな気持ちは十二分に伝わった。

空き家だった中古の家を自分たちでリフォームしながら住まいを作っていく。
聞けばトスカーナの田舎では当たり前のことらしい。

青山高原のサニーヴィラを出来るだけ自分たちでリフォームし
庭も作って行こうとする自分たちと重なる部分が多々ある。
料理はアントネッロと私たち夫婦とは立場が入れ替わるが
広報的な枠割を担う奥村さんが小生の役割と重なる。

数年前に日本に戻り四国で体験したヒノキ風呂がすっかり気に入ったアントネットの
目下の宿題はヒノキに似た糸杉で木製の浴槽を作ることだと言う。

それもいいが私のような訪問客に田舎の良さを体験してもらうために
キッチンから出てすぐのスペースにウッドデッキやパーゴラをつけ
最後のデザートは外で戴きましょという演出をして欲しい。

庭を手入れし歩道を整備して植栽の間を散歩できるように整備して欲しい。
反面教師として同じことを自分にも課していきたいと帰りの電車の中で感じた。

駅まで送ってもらった奥村さんに将来の夢はと聞くと、アグリの宿を増やしたり、
B&B、滞在型アパートや質を高めて行くことだと言う。

遠く離れた日本からではあるが彼女たちを応援したいと思っている。

愈々トスカーナへ

  • Day:2013.04.16 07:00
  • Cat:旅行
50歳を迎える頃からカフェをやりたいと妻が言い出した。
北は北海道から南は石垣島まで見に行ったが気に入る物件には
巡り会えなかった。

定年を数年後に控えた頃に息子が不動産の仕事についていたので
青山高原sunny villaの中古物件を勧めてきた。

早速見にいった。一目で気に入った。

鬱蒼とした松林の中に黒塗りの壁と内装はログ風のロフトが
ついたコンパクトの作り、建築後15年ほど経過しているが
古臭さはない。

何よりもウッドデッキから南側に広がる景色は小川があり
自然そのものでここでのバーベキューはきっと気分がいいに
違いないと感じた。

隣の区画は所有者がいたが家を建てる予定もなくできれば
一緒に購入して欲しいといわれた。これも幸いした。
両方で300坪ほどになり念願だったブルーベリーを植えることもできる。

翌年に数本の木々を残し30本近い松や馬酔木などを伐採してもらった。
残った大きな根っこはユンボで抜いてもらった。
松は板や枕木に加工し鹿避けのフェンスやガーデニングに使うことにした。

中古の耐火レンガを仕入れし石窯を作り屋根もつけ、
寒冷地なので薪ストーブも設置した。

今年には成木のブルーベリーを10本移植した。

残すところはハーブは花、野菜を植え育てることだ。

青山のヴィラを手に入れてからはトスカーナ行きの気持ちがより強くなった。
友人がログハウスを建てたり、石窯のピザ屋さんに行くたびに
妻は石窯が欲しい、ピザを焼いて自家製のバジルで作ったペーストや
ルッコラなどのせて友人に振舞いたいと言っていた。

イタリアン、ワイン、青山高原の丘陵地など幾つかの条件が重なって
トスカーナのコンセプトを思いついた。

広大なトスカーナに比べようもないくらい狭い土地だが随所に「らしさ」を
表現したかった。

ならばトスカーナに行くしかないと5年前に言い出した。まだ現役だったので
それだけの時間が取れないこともあって一週間でミラノ、ヴェニス、フィレンチェ、
ローマをバスで移動するツアーに参加した。

ドーモやゴンドラ、スペイン坂などお決まりのコースを回るツアーで
イタリアの内側に触れることはできなかったし、食事も日本と大差なかった。
むしろ日本のほうが洗練されていると感じた。

昨年10月に晴れて定年退職し念願のトスカーナ行きが実現した。
4月の17日から10日間、二つのアグリツーリズモ(農家民宿)に宿泊し
幾つかの料理教室に参加する旅行で、基本はルフトハンザ航空の
ツアーだが途中で独自でアグリツーリズモも加え延泊することにした。

書店の覗く時に見つけた奥村千穂著のトスカーナ暮らし。
buria出身のご主人と二人で山間部の家をリフォームしトスカーナの
魅力を発信し続ける彼女に会いリフォームの苦労話を聞き、ご主人の
アントネッロの指導で料理を教わることが実現しそうだ。

アグリの宿はもう一人の女性石川みゆき著のトスカーナの休日の中から
迷いに迷ったが2軒を選んだ。

casa palmiraは、ご夫婦がパルミラおばあさんの家を引き継ぎ
農家民宿を始めたそうだ。奥さんのアッスンタが料理を、ご主人の
ステファノが営繕をするという役割分担で運営している。
この分担も私達夫婦と重なる。料理教室を予定しているので
これも楽しみだ。

もう一つのアグリがヴィラ・イル・paradisino。小さな楽園という
キャッチフレーズに魅かれた。閑静な住宅地の中に広大な土地を
有する別荘で敷居が高いが恐れずに飛び込むことにした。

ワイナリーの見学はモンタルチーノに決めていた。前職の仕事の関わりで
名刺を頂戴したシルヴィオ・ナルディをリクエストした。
日本人の奥さんとイタリア人のご主人が運転し通訳してくれるというので
ガイドをお願いした。自分への土産にブルネロの最高級品 manachiara を
日本へ直送してもらおうと思っている。

ワインと料理と雰囲気を青山高原へ移植し、来訪者にトスカーナの魅力を
伝えたい。