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砥部焼き梅野の片口

  • Day:2012.06.12 21:00
  • Cat:工芸
長龍の企画の仕事を担当するようになった時の
上司がS部長。和歌山大学を卒業した彼は
社内でも酒豪で有名だった。

養子に出された先が和歌山で砥部焼きを販売している
お店だったこともあり帰省するたびに、
コーヒーカップや水差しなどをお土産に頂いた。

大学時代が佐世保に住まいしていたので有田焼の
陶器まつりに出かけたりしていたので磁器には
その当時から興味があった。

でも砥部は有田のそれとは違う。当時の有田焼は
高級感を追求するために、口元を伏せて焼いたり
してより薄く作ることに価値を求めていた。

その点砥部焼きは生地が厚手でどっしりとした
印象を受けた。その分強く割れにくい。今でも
割れずにほとんどが残っている。

砥部焼き 梅野の片口

その中で気に入って使っていたのが写真の片口。
その昔、お酒やしょう油などを樽から移し変えるの
使ったものだが最近では中鉢の変わりに使われることが
多い。

梅山窯では、店草や太陽、菊の花
など、自然をモチーフにした、低部焼を
代表する絵柄の器が並んでいる


太陽、唐草模様、菊の花、三つ葉などの模様を青い色
(呉須)と赤絵で手書きしているものが多い。

200年以上の歴史と伝統がある砥部焼きだが、
今の低部焼の技法が確立されたのは戦後になってから
民芸運動の指導者、柳宗悦や浜田庄司が訪れたのち、
人間国宝の宮本憲古や藤本能道など
のアドバイスマがあったからだという。
この点は小鹿田焼などとも良く似ている。

砥部焼きに触れるたびに酒豪だったS上司を思い出す。
きっと天国でも砥部のぐい呑みで酒をあおっている事だろう。

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