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欅の一枚板

  • Day:2015.03.11 09:50
  • Cat:木工
飯田時代に何かとお世話になったり、お世話したりしていた先輩が秋に
青山高原のリンデンバウムに初めて来てくれた。

彼が奥さんのお兄さんと紹介してくれたのが津遊さんで奥様ともども
夫婦でおつき合い頂き教わる事が多かった。
最初にお会いしたのが先輩の家でその時は敦賀に転勤していた。
厚かましくも敦賀リゾートのヴィラを予約し押しかけた。
一夜干しした鰈などバーベキューでご馳走になった。
彼はその後定年を迎え憧れのログハウスを北欧から取り寄せ、
大工さんと一緒に京都府井手町のたくみの里に建てた。
リンデンもいずれはログハウスと憧れ夢を追った。

そんな縁でたくみの里のイベントにも欠かさず出店して参加していた。
昨年の秋のイベントに先輩夫婦やその義理の姉夫婦も参加していたこともあり、
ぜひ兄妹夫婦でお誘いし、3組、合計6名の青山訪問が実現した。

石窯で焼いたピザを食べてもらい、とって置きの焼酎など飲んでもらっていたら
ご機嫌になった先輩が使っていたIKEAのテーブルが今イチだとダメだししてきた。
彼は退職するまで飲食店のマネージャーとして働いていた。
それだけに什器類にはうるさい。自宅にあるケヤキの一枚板をやるという。
えっうそやろと思った。
ケヤキといえば栃、楢などと並び高値の花の材だ。
昔の酒屋の看板に漆黒の日本酒のロゴを書体で書き上げ緑で縁取りした
あの看板に使われる木だ。飲んだ勢いでとならないように証人を立て、
間髪入れずもらいに行く事にした。

大きさは長さが190cm、幅が狭い所で50cmから60cm程、厚みが6cmだった。
正式な食事をするテーブルにしては幅があと20cmほしいところ。
彼はウッドデッキでの屋外用にと言ったのでデッキがさほど広くないので
サイズ的にはぴったりだが重たく毎回出し入れする訳にもいかない。
当面は部屋の中で使うことにしよう。向かい合っての6人掛けが理想だが
このテーブルだと横並びで二人、端に二人で4名が限度かと思う。
普段使いにはこと欠かない。

重たい、40キロはあるだろうか。大人2人でないと持てない。
青山高原までは難なく運んだが一人では下ろせない。
管理事務所の古山さんにお願いして木工小屋まで二人で運んだ。
その後はひらすらサンダーとの戦い。
やっている途中で京都のカモログの事を思い出した。

前職の大名漬本舗の堺浜寺店をオープンさせる時に一枚板テーブルの
くつろぎスペースを作りたいと美山町のカモログに買い付けに行った。
予算的なこともあり20万円の栃を依頼し磨いてもらった後
配送便で送ってもらった。堺店は2年足らずで閉店、そのテーブルは今八尾店にある。
一枚板のあこがれは強く、そのテーブルにすわるために毎月買い物に来るお客さんもいた。
パイン材のつなぎならまだましなほうでベニヤをあんこにしたハリボテなど
安価なテーブルの多いことか。引っ越しが多い若い世代なら仕方ないが
ある程度年齢を重ねたら一枚板のテーブルが欲しいと思う。

カモログでは職人さんがヘッドフォンをしながら一枚板をサンダーでかけていた。
何か外国に来たような印象を受け、横で見ていてかっこいいと思った。
青山でも真似てみた。歌手が録音したりミキサーが視聴したりする時に使う
SONYのプロ用ヘッドフォンを持ち込みipadに入れたモダンジャズをガンガンに
鳴らしながら。
最初は紙ヤスリの100番、次に240番、最後に400番と徐々に細かくしながら
丸2日かけてピカピカに磨き上げた。
よくみると板を割いた時のノコの傷跡が一定間隔に走っている。これが
ケヤキや楢など硬い木でしかも乾燥していると中々消えない。
我ながら16時間も忍耐強くやったものだと思う。

2015-01.jpg

木目がくっきりと浮かび上がり全体に赤みを帯び、端は縮緬のような
和風の模様が出ている。見ていて飽きない。
保護のために最後に荏油で表面を塗った。この程度だと醤油をこぼしたり
するとシミが残る。また磨けばいいしシミや傷があるのも味のうちと思えばいい。

彼はこのテーブルを長年自宅に持ち続けた。
夢は居酒屋を開いた時の看板に使うというものだった。
還暦をすぎその夢も少し遠のいたのかも知れない。
リンデンバウムは飲食店ではないが、お客様を迎え入れている。
彼の夢を紡ぐためにも大切に使い続けたいと肝に銘じた。
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