FC2ブログ

柏原駅でのイーゼル芸術工房のジャズライブ

  • Day:2012.07.20 19:00
  • Cat:音楽
柏原駅で近鉄道明寺線に乗り換えて帰るので
時々、柏原商工会が主催するたそがれライブに出会う。
駅につくと楽しげな音が聞こえてくると、ついつい
つられて参加してしまう。

入場料は不要で生ビールや焼きとり、ワインなど1000円ほど
使ってほろ酔い気分で後にする。
7月20日(金)はイーゼル芸術工房がジャズを演奏していた。


彼らの紹介はHPから・・・
2009年より、大阪府柏原市でひとつ屋根の下で暮らしながら、
ライブ活動のみで生計を立てている芸術家集団。

日本各地でのライブイベントや、美術館やホテルでの企画コンサート、
ストリートライブやコラボレーションステージを通して、
表現や作品を磨いている。

2011年3月、ビルボードライブ大阪で行われた初のワンマンライブは、
ほぼソールドアウト。
2011年5月、関西最大の春フェス『コヤブソニック2011』のメインステージで、
7000人以上の観客を魅了した。

タイアップCDおよびライブCDは、現在、8000枚以上の売り上げを記録。
2012年1月に、通天閣を全館貸し切った前代未聞の自主企画、
同年4月には、 2ndワンマンライブを開催。
5月には、通天閣史上初となるオフィシャルバンド『通天交響楽団』を結成、
8月には 大阪城公園野外音楽堂でのワンマン夏フェスを開催し、
通天閣100周年記念アルバム「通天閣ラブストーリー」を発表した。

現在、通天閣の二代目ビリケンさんとともに暮らしながら、
全国を駆け回っている。

格好わるいけど、格好よく。ありのままにのびのびと。
今日もぼくらは、誰かと笑って過ごしています。

小生もジャズファンの一人、女性ボーカルに聴きほれながら
3曲ほどの間にビールとワインを戴いた。
やはりライブはいいね。
平成24年11月16日(金)もう一度
イーゼル芸術工房が登場するらしい。
定年後なのでそこには小生はもういないが・・・

サックス四重奏 Amour Saxphone Ensemble

  • Day:2012.05.04 21:00
  • Cat:音楽
人生の半分以上付き合ってきたジャズ。
Sonny Rollins や Dexter Gordon 渡辺貞夫などは
ライブにもいきました。

そんな親近感のあるサックスがすぐ近くで聴けるというので
楽しみにしていました。

2012年5月4日午後1時、ゴールデンの真ん中で、リンデンバウムが
ある青山高原サニービラの管理事務所の前でライブが始まりました。

アムールサクソフォンアンサンブル青山高原サニーヴィラ

演奏者は、Amour Saxphone Ensembleリーダーは 福森弘章(ss)氏。
北村恵一(as) 吉川ひとみ (ts) 増田江美子(bs) の4名。
地元伊賀のアマチュアバンドで関西を中心に活動しているそうで、
老人ホームや店舗のクリスマスのイベントでのミニライブなどで活躍中。

このライブも今回で6年目になるそうです。私たちが参加したのは
去年のエレクトロピアノの弾き語り
「上を向いて歩こう live in 青山高原 金澤眞紀」が最初。

普段静かな青山高原サニーヴィラですがこの時はヴィラ中の人たちが
集まった感じで100人近い聴衆がいました。

最初の曲は、モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
邦題は、小さな夜の曲、クラシックの中でも名曲で一度は耳にしたはず。
この曲が出来た頃にはサックスはなくヴァイオリンなど弦楽器だけで
演奏していた曲なので、当のモーツァルトがサックス四重奏を
聴いたら驚くだろうとリーダーがMCで紹介していました。

バリトンサックスがベースを担当し、テナーサックスがチェロ、
アルトサックスがヴァイオリン、主旋律がソプラノサックスといった
印象を受けました。

次の曲が、アルルのサックス展覧会というタイトル。
展覧会の絵、アルルの女を中心に他、プロコフィエフの
ロミオとジュリエット、パリのアメリカ人、ラプソディ・
イン・ブルー、ボレロがパズルのように入り組んで登場します。
9分と長い曲ですが、聴き慣れたフレーズが時々出てくるので
退屈させません。
フルーツが何種類ものったケーキを食べている、
そんな凝縮した良さを感じました。

いったい誰が編曲するのだろうと不思議に思い、帰ってから
ネットで調べるとありました。譜面が販売されていたので
これを元に練習したんだろうと予想しました。
高橋宏樹作 【アンサンブル楽譜 サクソフォーン4重奏】
アルルのサックス展覧会
~サックスのあるオーケストラ作品のメドレー~

メロディーといえばもう一つの曲がジブリのサントラを編曲した
ジブリ・メロディー。トトロの挿入曲、歩こう、歩こう♪
と歌いだす「さんぽ」や天空の城ラピュタから君をのせてや
となりのトトロのメインテーマなど映画の一場面を彷彿とさせる
メロディーが響き渡りほのぼのとした空気が会場に流れます。

とくにジブリ音楽は、孫太郎の3作目に「ねこバス」を
BGMに使ったことを思い出し懐かしく感じました。

アンコール曲は、美空ひばりの「川の流れのように」。
実は7曲目に演奏した曲でしたが、皆さんに合唱してと
歌詞カードを渡していたところ、たくさんの人が気持ちよく
歌ってくれたことから、管理事務所の責任者の土井さんが
アンコールにとお願いしました。再度大合唱となり
大盛会で無事コンサートがお開きに・・・

孫太郎くんももうすぐ3才。最近ではリンデンバウムの
庭を足蹴りのバイクで走ったり、パパが作ってくれた階段を
上ったり降りたりして喜んでいます。そんな動画を撮りだめ
して今回のサックス四重奏ジブリ・メロディーを自分なりに
編集し直して孫太郎の映像をかぶせたオリジナルブルーレイを
作ってみようと考えています。

今回すべての演奏をハイビジョンに取ったので演奏部分だけを
編集し一部に説明コピーを付け加えてオリジナルDVDを作りました。

久しぶりの再開、高瀬アキのお母さん

  • Day:2012.04.10 11:00
  • Cat:音楽
懐かしい方に再会しました。
昔、長龍の専属のデザイナーで私のデザインを手ほどきして
下さった池田先生の義理の妹こと信子先生です。
お会いしたのは彼此20年ぶりになりますか。
大名漬本舗の近くがお住まいなので何度か当店をご利用して
頂いてたようですが、先日は私を指名して下さいましたので
お会いすることができました。

御年はすでに87歳だそうです。身なりもきちんと整えられ
かくしゃくとして気品ただよう素敵なおばあさんに
なっておられました。

実はこの方の娘さんがジャズピアニストで、主にドイツで
活躍されている高瀬アキさんなのです。

池田先生のアトリエにお邪魔している時に信子先生にも
何度かお会いし、娘のレコードをよかったら買わないかと
薦められデビュー作を始め10枚のレコードを持っています。

高瀬アキ・トリオ サイン入りレコード

記念のレコードがこれ。
長男が生まれた後にサインをもらったものでお祝いの
メッセージ付き。1978年の発売なので30年以上も前に
なる。

Sound it でデジタル化し、現在はipad のプレイリスト
Jazz piano に登録して持ち歩いているとお伝えしたら
大層喜んでいただきました。

海外で活躍した女性ピアニストといえば、その先駆者的な
存在が穐吉敏子であり、彼女は主にアメリカが舞台。
彼女に続くのが高瀬アキであり、彼女の舞台は主に
ヨーロッパです。最近では上原ひろみがグラミー賞を
受賞したことで女性ジャズピアニストの存在が多くの
人に印象付けられました。

国内ではほとんど評価されていないのが残念と悔しがって
いましたが、ヨーロッパでは年に数枚のCDを発売して
いるらしく秋に日本に帰ってくるのでその時に
CDを持ち帰らせると言ってくれました。
その日がくるのが楽しみです。


簡単に高瀬アキさんのプロフィールをご紹介します。 

1948年1月26日の大阪生まれ。
お母さんがピアノを弾いていたこともあり3歳よりピアノを始める。
6歳からレッスンを受け、高校は大阪の相愛学園を出て、
桐朋学園大学ピアノ科に入学と同時に演劇サークルに入部。

大学2年の頃、キャノンボール・アダレイの《マーシー・マーシー
・マーシー》に痺れてジャズに興味を持つ。
その頃大好きだったソニー・クラーク、レッド・ガーランドなど
コピーしてジャズを楽しんでいた。

プロになる決心は、当時ファンキーなピアノを弾きまくっていた
本田竹曠のライブに接してからだという。
本田竹曠のトラを務めたこともある。卒業後、山下洋輔に師事。

71年大友義雄グループでプロ入り。
73年頃、ジェイク・H・コンセプションカルテットで約一年間、
アメリカ軍施設だった赤坂山王ホテルで生演奏の仕事をしていた。

大友義雄のコンボではジャズ・スポットで演奏するようになり、
向井滋春や土岐英史、大友義雄等で若手のリハーサル・ビッグバンドSMCを
結成して活動。以後、自己のグループ、安田南の伴奏、吉田憲司グループを
経て渡米。 帰国後の76年には1年近く休養のため活動を停止、カムバック後は
一気にアバンギャルド的な演奏に向かい、多くの人を驚かせた。 1977年の
グループのメンバーは大友義雄(as)、鈴木明男(ts)、山崎弘一(b)、渡辺毅(ds)。
その後、池田芳夫、土岐英史、中村誠一、故日野元彦などのグループや自己の
カルテットでプレイした。1979年には自己のトリオでファースト・アルバム
『AKI』 をリリース。その後も数多くのプロジェクト、ならびに
レコーディングを行う。

ホルスト・ウェーバーに見出され、 1981年11月ベルリン・ジャズ祭にトリオ
(井野信義、森山威男)にて出演。ヨーロッパが自分に合っていると感じ
始めたのはこの頃だろう。ベルリン・ジャズ祭で高瀬アキの才能を高く買った
オランダのジャズ・オルガナイザー、ポール・アケット等の要請で1982年には
ソロでヨーロッパ・ツアーを敢行。ニュルンベルグでのEast-Westフェスティバル
などに出演した。 1983年トリオでオランダ、ベルギー、84年カルテットで
ヨーロッパ・ツアー、 1985年、草月ホールでの井野信義とのリサイタルの後、
5月にドイツへ。

1986年6月、ドイツでヨーロッパ前衛派の中心的存在アレキサンダー・フォン・
シュリッペンバッハと出会い意気投合、共同で音楽活動も行なう。1987年から
ベルリンに移住。ポルトガルのヴォーカリスト、マリア・ジョアンとのデュオで
1987年のモントルー・ジャズ祭を皮切りにヨーロッパ各地のジャズ祭に出演し
絶賛された。 1988年にはこのデュオで日本公演、1989年にはアメリカ・ツアー
も行っている。 また、ノルウェー政府からの招待でベースのニールス・ヘニング・
エルステッド・ペデルセンらとのトリオで1ヶ月間ノルウェー・ツアーも行った。

主なプロジェクトではレジー・ワークマン、ラシッド・アリとのトリオ、
ディヴィッド・マレイとのデュオ、 アレキサンダー・フォン・シュリッペンバッハ
とのピアノ・デュオ、井野信義とのデュオに弦楽四重奏団を加えたプロジェクト
など多彩な活動を行い、常に高い評価を得ている。

この他に、1993年のベルリン・ジャズ祭には日本を代表するミュージシャン
(五十嵐一生、林栄一、片山広明、板谷博、井野信義、日野元彦)とのセプテット
で出演、翌1994年にもこのセプテット(ドラムは日野元彦に変わって小山彰太)で
ヨーロッパ・ツアーを行った。 1998年4月には伊藤君子とのデュオでヨーロッパ
をツアー。 1998年11月のベルリン・ジャズ祭にはドイツの新鋭バス・クラリネット
奏者、 ルディ・マハールとのデュオで出演し高い評価を得た。ドイツ批評家
レコード賞も4回受賞している。

1988年にはご主人アレキサンダー・フォン・シュリッペンバッハとの双頭バンド
で、ヨーロッパのスタープレイヤーたちを集めたベルリン・コンテンポラリー・
ジャズ・オーケストラ(BCJO)を異例のベルリン市の肝入りで結成。 BCJOの1996年
の日本公演に際しては、 BCJOの音楽監督であるアレキサンダー・フォン・
シュリッペンバッハと共に尽力。ピアニストとしてのみならず作編曲者としても
BCJOに作品を提供するなど、 BCJOのコ・リーダー的存在として活躍している。

1999年6月に開催されたハママツ・ジャズ・ウィークではスペシャル・オーケス
トラを率いて出演した。また、1997年からは演奏活動の傍らベルリンのハンス・アイスラー
大学で客員教授として教鞭もとっている。

2003年11月、"aki takase plays fats waller"をリリースし、2004年ドイツ・レ
コード批評家賞ベスト・レコード賞を受賞した。

2004年10月、オリジナル作品集「プロクリエイション」をリリース。
2007年10月、ピアノ・ソロ・アルバム「サムシング・スウィート、サムシング・
テンダー 」をリリース。

いまや、『アメリカの穐吉敏子、ヨーロッパの高瀬アキ』と並び称せられ、
海外で活躍し国際的評価を受けている数少ないジャズミュージシャンである。
(jazzpageのホームページより)

パガニーニを教えてくれたのは久保陽子

  • Day:2012.03.03 21:00
  • Cat:音楽
久保陽子の名前を知ったのは2012年1月21日の読売新聞の
記事だった。

東日本大震災と台風12号の被災地復興の祈りを込めて
4月までの4ヶ月間、橿原神宮で無料のコンサートを開催するという。

橿原神宮といえば毎年初詣に行くところでもあり、初孫の
お宮参りに行った神社でもある。

古くは神宮の森コンサートと称し、上々颱風や南こうせつ
などの無料コンサートにも足を運んだことがあるなじみのところ。

これは行くしかないと電話で開催日を確認し1ヶ月ほどしてやっと
行くことができた。

久保陽子橿原神宮でヴァイオリンを弾く

会場には立派な前庭があり、重厚な建物に通された。
こういった場所に庶民が案内されることはなかなかない。
会場は二つの間からなり、上段(皇族の方が座る場所)に毛氈が
敷かれイスが一つ。てっきりそこに座って弾くのだろうと思っていたら、
音がこもるからといって最前列近くまで来て、立ったままで演奏を
始めた。

小生はというと最初開催する建物がわからずに本殿近くまで行って
場所聞いたので、駐車場近くの別棟だと聞かされ引き返すなどして
いる内に開始時間ぎりぎりになってしまった。

空いてる席の最前列にあつかましく座ったが、演奏が始まって
しまったと後悔。といのうもヴィオリンは左手に持つので
音は左が中心。つまり舞台の左側に座ったので表情もあまり
見えないし音もダイレクトに伝わってこない。
ようし次は早めに行って右側に座ってやると開き直った。

演奏曲は、「バッハの無伴奏バイオリンソナタとパルティータ」の
中からパルティータの3曲。演奏前にこの曲はシャコンヌが
特徴だと説明してくれたので、きっとパルティータ第2番の
5.Chaconneだろう。
重低音と和音を多用し、一つの楽器ながら複数人で演奏してる
ような錯覚に陥るくらい素晴らしい。
14分という長い時間を熱演してくださった。

後半は、パガニーニの3曲。一曲づつ演奏の難しさを説明してから
弾いてくださる。普段だとじっくり聴くというより聞き流すことの
ほうが多く、しかも音だけで映像を見ることも少ないので
当たり前のように思っているが、いざ弾くとなるとそういう
テクニックが必要なんだと知らされる。

パガニーニの24の奇想曲は普段私がイメージしている弦を
ゆっくりと上げ下げして流れるような心地よい音を聞かせて
くれるものとは大違い。エッそこまでヴァイオリンをいじめて
大丈夫なのと思うくらい激しいものだった。
弓の動きの早さや激しさ、左手の弦を押さえる位置は
上から下までフルに使うなど創造を超えるものだった。

「ニコロ・パガニーニ
イタリアのジェノヴァに生まれたヴァイオリニスト兼作曲家。
19世紀を代表するヴァイオリンの鬼才。
ロマン派音楽の特色である「強烈なる旋律」、
そして「華麗なる技巧」で人々を魅了した。

彼の両親はどちらも熱心なアマチュア音楽家であり、
まず彼はマンドリン(ギター)を与えられたという。
ヴァイオリンは7歳の時に父親から習いはじめるが、
すぐにその彼を凌いでしまった。

その後、あらゆる師のもとでヴァイオリンを学ぶも、
短期間のうちに師を上回ってしまうため、
すなわち彼のヴァイオリン奏法は、ほぼ我流であり、
ほとんど独学で身につけたものといっても過言ではない。

誰も考えつかないような奏法で華麗なる旋律をつむぎ、
誰もが苦戦するであろう音型や奏法を、平然とやってのけた。
史上最高のヴァイオリニストである。」と解説にある。

その音が心地よいものではなかったがこういう世界がある
というのは大変勉強になった。マイルスもコルトレーンも
セシルテイラーも後年は普通の奏法では飽き足らず
どんどんと前衛的で誰もやったことがないことを
求めていったではないか。それとよく似ている。

最後の曲は 24番の Quasi Presto
『パガニーニの主題による変奏曲』として、ブラームスや
ラフマニノフなど多くの作曲家によって編曲されている

中でもラフマニノフ『パガニーニの主題による狂詩曲』は
現在でも広く知られ、その「第18変奏:Andante cantabile 変ニ長調」は
過去に日本のテレビCMでも用いられた。

また、フランツ・リストは、『パガニーニによる超絶技巧練習曲集』、
『パガニーニによる大練習曲』としてピアノ曲に編曲している。
後者の第3番『ラ・カンパネラ』は特に有名。

このようなヴィオリンの演奏を目前で披露sてくれた久保陽子さんに
感謝したい。彼女の意思でもある「音楽を通して人と人との
絆を深めたい」ということを、今後出逢うであろうリンデン
バウムを訪れる人たちに聴いてもらうことにしましょう。


久保陽子プロフィール [Yoko KUBO] ヴァイオリン

3歳より父の手ほどきを受け、その後、折田泉、村山信吉、
J.イスナールおよび斎藤秀雄らに師事。

1962年桐朋女子高等学校音楽科卒業と同時にチャイコフスキー
国際コンクール第3位入賞。
1963年よりフランス政府給費留学生としてパリに留学し
R.ベネデッティ、J.カルヴェに師事。

1964年パガニーニ国際コンクール、1965年ロン=ティボー
国際コンクールにて第2位。
1967年からJ.シゲティに師事。
その後クルチ国際コンクール第1位。

ソリストとして世界的な演奏活動をする他、
ピアニスト弘中孝と共に桐五重奏団、
久保陽子トリオまたジャパン・ストリング・クヮルテットを
主宰するなど室内楽奏者としても活躍中。


J.S.バッハ 無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ全6曲
◆久保陽子 vn
使用楽器:
Giuseppe Guarneri
(デル・ジェス)
1739年製作
KBYK-1002~03(CD2枚組) \5,000(税込)
発売元:KUBO YOKO
販売:(有)レグルス
TEL:045-983-9596 FAX:045-983-1080
   E-mail:regulus@r2.dion.ne.jp


◆ 久保陽子 パガニーニ: カプリース全24曲 作品1(2枚組)
久保陽子 vn
録音:2007年5月, 7月, 11月, 2008年11月
北の大地美術館
BYK-1007-1008 ¥3,675(税込)
発売元:KUBO YOKO
販売:(有)レグルス
TEL:045-983-9596 FAX:045-983-1080
   E-mail:regulus@r2.dion.ne.jp

心癒されるピュアな大貫妙子

  • Day:2012.02.05 09:00
  • Cat:音楽
先日ツタヤで大貫妙子の新作CDをレンタルした。
TAEKO ONUKI WORKS 1983-2011 CM / TV Music Collection
というCDで、資生堂、PARCO、AGFなど、時代を彩った人気CMの音楽が収録されている。
一度や二度は耳にした曲も多いのでは?

かくいう小生も最初大貫妙子を知ったのは、1993年のカルピスのCMで
この曲いいなと思ったのが「しあわせのサンドウィッチ」だった。
そしてそのアルバムを初めて買った。当時はまだレンタルもなく
定価で買ったので大事に保管している。

時々行く日本橋の中古レコード屋さんでみつけた大貫妙子の
デビューレコード「Grey Skies」を定価近い値段で手に入れた。
それからも大貫妙子の中古レコードやCDを収集し
現在230曲近いコレクションになっている。

たまたま昨日ワインチームのH女史と大貫妙子の話しになって、
彼女は大貫妙子が山下達郎とバンドを組んでいたシュガーベイブの
復活CDを買って大貫妙子のピュアな声に聞き入っているという。
小生が一番好きなのは「午后の休息」だと言ったがその曲は
知らないと言っていた。

大貫妙子ベストCD

そんなことがあったのでリンデンバウムのBGM用に大貫妙子の
ベストをセレクトしてみた。

四季
春の手紙 2005version
snow
Tema Purissima
Cavaliere Servente
サイレント メモリー album mix
六月の晴れた午後
午后の休息
私のフランソワーズ
黒のクレール
彼と彼女のソネット
突然の贈りもの
恋人たちの時刻
風の旅人
Hiver
会いたい気持 album mix
しあわせのサンドウィッチ

凝り性なので、収集のきっかけとなったデビューレコード
「Grey Skies」を加工してオリジナルのCDをつくってみた。
私のフランソワーズはユーミンの曲ながら、私は大貫妙子の
カバーの方が好きだ。

歌詞をかみしめるようにスローで歌う彼女のピュアな
ヴォイスをききながら、ロッキングチェアーに揺られて、
モンカロのサンジョベーゼをグラスの中で揺らす。
少し酔ったところでシェスタ(午後の昼寝)する。
至福のひと時を過ごしたいものだ。